ここ最近、政府の諮問機関等が、『高齢者介護施設の人員基準緩和』を提言する
ことが増えてきた。
これは、現行の3人の入居者に対して1人以上の介護職員を配置する人員基準を
4人に1人とか5人に1人というように緩和したほうが良いという内容である。
このような提言は、当ブログでも再三申し上げている、『介護業界の深刻な人材
不足の解消』を主な目的としているが、この考え方は大いに間違っている。
この提言によると、今までは1人の介護職員が3人の入居者への対応を行っていた
ところを4人、5人の入居者への対応を求めることになる。
この考え方は、「人手も所得も増やさずに、仕事だけ増やす」というブラック企業
が使う典型的な手法であり、働き方改革と真逆の意味を持つ。
また、一部では「介護ロボット等のテクノロジーを活用することで、人員不足を
解消することが可能となる」との意見もあるようだが、残念ながら現状レベルの
テクノロジーでは解消に至ることはなく、もっと時間が必要となるだろう。
例えるなら、普段は家事をしない人に台所仕事を手伝ってもらうようなレベルで、
指示や見守りが必要であったり、場合によっては負担が増えることすらある。
つまり、高齢者介護施設の人員基準緩和といった考え方は、新しく介護業界に足を
踏み入れる人材が増えないどころか、今現在介護業界で職務に従事している方々が
こぞって逃げ出すことになりかねないため、人材不足の悪循環を生み出しかねない
ほどの悪手である。
深刻な人材不足の解消に向けて緩和すべきなのは、支援の必要度が低い方への介護
サービスに対する人員基準であって、支援の必要度が高い入居系施設の人員基準
ではない。
私が述べる「サービスの質の低下もやむを得ない」は、「必要度の高い方には手厚
くし、必要度の低い方には薄く」ということであって、必要度の高低にかかわらず
満遍なく人員を減らすということではない。
その考え方の延長線上に『要介護1、2の方が利用する通所介護及び訪問介護の
総合事業への移行』がある。
なぜ、そんな当たり前のことがわからないのか理解に苦しむ。「人手不足は根性で
補え」とでも言いたいのか。
「昭和の古き良き時代の根性論至上主義」が通用したのは、若者の数が圧倒的に
多かったからであって若者の質が変わったからではない。
昭和の時代だって、根性論から脱落していった若者は数多くいたはずである。
それでもその理屈が成り立っていたのは、脱落者が多少いてもそれに余るくらいの
若者が数多くいたからに過ぎない。
数少ない役割に没頭することが許されていた時代ほど、少ない人数で数多くの役割
を担わなければならない今の時代は単純ではない。
そんな時代錯誤のメンバーが集まる委員会の提言など聞くに値しない。