前回、”規制の悪用”を話題にした。
規制は悪意が無くても愚策として、国民に多大な悪影響を及ぼすことがある。
その典型的な例が「減反政策」ではないだろうか。
古来より主食とされてきた米が、戦後の欧米文化の浸透によって”米離れ”が起きて
米が余剰となり価格が下落したことに端を発して、「農家を守る」ことをお題目とし
て、新規の開田禁止や他の農作物への転作が奨励された。
しかし結果としてこの政策は「農家を守る」どころか「農家を潰す」愚策だった。
戦前までは、米に対する愛着が強い日本人であったため、品質や生産性の向上に
非常に熱心であったが、この愚策によって、生産規模の拡大や生産性の向上を図ろ
うという取り組みは規制によってことごとく阻まれ、例え規模が小さくても生産性
が低くても補助金で守られてしまうため、生産意欲は低下していった。
世界に誇る”日本のお米”を沢山生産できたのであれば、他国へ輸出するという発想
が乏しいので自国で小さくまとまろうとした結果、衰退の一途を辿ることになって
しまったように思う。
2018年に減反政策は終了したが、未だに補助金や目に見えない規制を発動して
おり、実質的にはこの政策を継続しているような状況にある。
国はこのようにして競争力の向上の源となる生産意欲を奪っていくのである。
私たち介護業界も非常に似た構造にある。
規制によってがんじがらめにされているため、サービスの質や生産性の向上を図り
たくても、価格一つ決めることができないので、官僚の手のひらの範疇でしか物事
を動かすことができない状況にある。
逆にサービスの質がさほど高くなくても、違法すれすれの行為を繰り返していても
公定価格による報酬を手にすることができてしまう。さらには、この業界も他業界
同様に規模が小さく生産性が低い事業者を守ろうという力学が働くようルールが
決められてしまうため、結果としてこの政策も農家のそれと同様に「事業者を守る」
どころか「事業者を潰す」愚策となっていった。
近年は、社会保障にかかるお金も人手も足りなくなってきた。そこでここ数年、
国はこれまでは口にすることがほとんどなかった「生産性の向上」を繰り返し訴え
るようになってきた。
少し前までは「手間と人手をかけて丁寧に」などと言っていたのに、急に「効率と
生産性」と言い始めたのだから、小規模で生産性が決して高くはない事業者は一溜
まりもない。
「○○を守る」と訴えて政策を作り実行してきた方々は、いったい何を守ろうと
しているのだろうか。いやいや、守ろうなどという考えはほとんどなく、急場しの
ぎを繰り返してきただけだろう。
思慮深く賢明な特権階級の人の言うことであれば、従うこともやぶさかではないが
今の政治行政に携わる方々にはもろ手を挙げて従う気には全くなれない。
