ここ数年、続けて起きている地震や豪雨などによる災害を受けて、「危険と考えられ
ている地域にあえて住み続けることは自己責任であり、住み替えを積極的に進める
べきだ」との意見がネットを中心に多数あるようだ。
その意見の裏には、「過疎化する地域で、危険地帯とされる場所に安全性を担保する
対策のために巨額の国費を投入することは財政的に無理がある」との意向が働いて
いるらしい。
たしかに、過疎化が進む地域の住民を守るためだけに数千億の費用をかけて防波堤
を築くといった対策を講じ続ければ、国は破産するだろう。
でも、この手の話って一言で片づけると”価値観の相違”ということだろう。
人は、生活を営む上で何に価値を置くのかということによって、居住する場所を
選択していると思う。
地縁、治安、地価、利便、仕事、自然環境などなど、様々な価値基準があり、その
一つだけを持って選択している人は少ないはずだ。
一度自然災害が起きるとこの手の話題を持ち出す方がいるが、そういう人にはあえ
て伺いたいのだが、「この国のどこに生命の危機を一切感じずに生活できる場所が
あるのか」ということを。
毎年、何千人もの人が交通事故によって命を落としている。交通量の多い場所で
あれば、そういった事故に遭遇するリスクは高くなる一方で、車通りがほとんど
ない過疎地域であればそのリスクは低くなる。
果たして、交通量が多く事故が多発する地域にお住まいの方を指して、「危険と考え
られている地域にあえて住み続けているから自己責任だ」とか「住み替えを進める
べきだ」などというのだろうか。
さらに言えば、自然災害やそれに伴う被災は、必ずしも国が出しているハザード
マップ上で発生しているわけではない。
専門家の中には嫌味を込めて”外れマップ”と称する人もいるくらいだ。
いずれにしても、多くの人は、国が居住することを法的に認めている範囲内で
価値観に合致した場所に住んでいるだけだと思うし、他人から「自己責任」とか
「住み替え」などととやかく言われる筋合いではない。
「価値観の違いを理解することができず、自分の価値観を他人に押し付ける」行為
は、ネットの世界で良く用いられる言葉を使うと”民度が低い”と総称するのでは
ないだろうか。冒頭にあげた発言をする人がまさにこれだ。
