北海道江別市でケアプランセンター、小規模多機能ホーム、デイサービス、訪問看護ステーションを運営するみのりの丘グループ

みのりの丘

みのりの丘代表ブログ

月別: 2019年8月

違いを理解し、認めること

2019.8.29

ここのところ、

国内においても国際の場においても、物騒な話題があふれているように思う。

 

『自尊』は、時に「うぬぼれや傲慢」といった否定的な言葉として使われることが

ある。

一方『自愛』は、「自然の摂理や相手への思いやり」といった肯定的な言葉として

使われることがある。

 

いずれも、「自分を大切にする」という点においては、同義語と言えるのだろうが

使い方によってニュアンスが変わってくる。

 

日常生活の中で、「自分を大切にできない人は、他人もやさしくなれない。」と

いったセリフを聞くことがある。

 

このセリフを聞くたびに何とも納得できないモヤモヤが心の中から湧いてくる。

 

自分を大切にすることは、生物学的にはごく当たり前のことであろう。

自分の身を守ることによって、子孫の存続や繁栄に結びつけることがDNAに

刷り込まれているのだから。

 

それが、外敵から身を守るための策を講じることへとつながり、

そして、争いごとへと発展していく。

 

人間が生物である以上は、争いごとから解放されることはない。

 

 

それでも、

争いごとや戦争によって、多くの人間が傷つくことにだけはなってほしくない。

 

自尊や自愛を語る「自分を大切にできない人は、他人もやさしくなれない。」では

なく、「他人の違いを理解し、認めることによって、相互がやさしくなれる。」と

いう考え方が正しいように思う。

ボランティアの延長線上ではない

2019.8.26

平成21年に介護職員処遇改善交付金、平成24年度からは介護職員処遇改善加算、

そして今年度の10月から『介護職員等特定処遇改善加算』が従来の加算と併用され

ることとなり、文字通り介護職員の処遇を改善しようと名称を変えて様々な制度が

制定されている。

 

その原資が消費増税による財源があてられることには大いに疑問はあるが、

高齢者介護事業の経営者としては、スタッフの給与所得が上がることになるこの

制度は大変喜ばしいものである。

 

給与所得が上がることは、この介護という仕事に興味を持つ人を増やすきっかけに

なることだろうと思う。

 

がしかし、

当ブログの『もっと贅沢な暮らしを!』でも取り上げたが、業界内にいる方々の

意識を変えなければ、いつまでたっても介護という仕事は、ボランティアの延長

線上に留まることになってしまう。

 

『ボランティアの延長線上』は、これまで、介護に従事する方々にとっての免罪符

になってきたように思う。

それは、プロフェッショナルでなくてもある程度のことは許されてきたし、通用

してきたということである。

 

例えば、稚拙な言葉遣いや振る舞いをしても、ご利用者やご家族からおしかりを

受けることはほとんどない。

 

これが、一般的な接客業であれば、一発アウトのクレームものであろう。

 

ボランティア感覚の方々には早々に退場していただき、プロフェッショナルを志す

方々が中心となることによって業界内の意識が変わり、結果として給与所得が

上がることを目指したいものである。

 

今どきの年寄りは

2019.8.21

お盆、台風、夏祭りと夏の風物詩が過ぎ去り、一息つくといったところか。

 

そんな中で、未だに盛り上がりを見せているのが、『甲子園』であろう。

明日、決勝戦を迎える履正社高校と星稜高校には、悔いの残らない戦いを

期待したい。

 

北海道民の私としては、1回戦で旭川大高校と対戦した星稜高校に頑張ってほしいと

思ってしまう。

 

 

そんな折、未だに火が消えるどころか、さらに激しくなっている様相が

隣国の韓国との対立だろう。

この問題は、頭の良い政治家に解決してもらうしかない。

 

『頭が良い』と言えば、両国のマスコミや学者などのいわゆる知識人が、この問題

をさらに大きな問題へしようと焚きつけているように思う。

それに年配者が呼応し、さらに大きな問題へと発展しているのではないだろうか。

『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』は、時代錯誤もいいところである。

 

それに引き換え、若者たちは冷静かつ現実的にふるまっているように思う。

K-POPやカルチャーなど、良いと思うものは積極的に取り入れており、

良くないと思うことにはしっかりと意思表示をしている。

これは両国の若者に共通している。

 

「今どきの若い者は・・・」は今後、「今どきの年寄りは・・・」に変わる日が

来るのではないかと思ったりする。

 

 

年配者には、高校球児のひたむきに戦う姿と戦いが終わった後に友情をはぐくむ姿

を目に焼き付けてもらいたい。

 

 

みのりの丘夏祭り!

2019.8.19

8月17日(土)当方が主催する夏祭りを行った。

 

一時は、台風の影響で開催が危ぶまれたが、我々の日頃の行いの良さ?もあって

無事に晴天の元で行うことができた。

 

日頃よりご縁のあるご利用者やご家族、地域の方々の他にも、数多くの方々に

お越しいただいた。

 

小さなお子さんから年配者まで幅広い方々にお越しいただくのが、お祭りの意義で

あり、主催者側の醍醐味でもある。

 

天候が不安定で、開催するかどうかの判断を遅らせたこともあり、出演予定の皆様

には多大なご迷惑をおかけしたが、「開催する!」とお伝えすると皆さん出演を

快諾してくださった。

 

大麻夢太鼓さん、ありがとうございました。

 

稲嶺さん、いつもながらの圧巻のパフォーマンスでした。

 

 

北翔大学よさこいチームの皆さん、会場も巻き込んだ演舞は大いに盛り上がり

ました。

 

シグナルさん、素敵な歌声とハーモニーに聞き惚れました。

 

スタッフも心を込めて、お・も・て・な・し

 

皆さん!本当にありがとうございました!!

来年また会いましょう!!!

平等という名の差別

2019.8.16

私は、『平等』という言葉が嫌いだ。

 

なぜなら、平等を実現するためには、『無数の条件』が伴うものであり、

現実的には、実現不可能だからである。

 

例えば、

「80㎏の体重の男性と40㎏の体重の女性に対して、平等に食べ物を分け与える」

と考えた場合、どのような条件が必要だろうか。

 

同じ量の食べ物を提供した場合には、男性から「体重が違うのに平等ではない。

倍の量で平等だ。」と文句が出るだろう。

それでは、「体重に応じた食べ物を提供する。」という条件を付けた場合は

どうだろうか。

 

すると女性から「私は成長期なのだから、老齢な男性と同じ条件は不平等だ。」と

文句が出る。

 

この時点で、

体重や年齢といった偏見や差別が発生していることにお気づきだろうか。

 

さらには、「食べ物の量は平等でも見た目や鮮度が違う。」といった具合に、

どんどん条件が増えていく。

 

2人に対する条件だけでも複数存在するのに、その数が10人、100人、1000人と

なれば、その条件の数は天文学的な数字になるだろう。

 

無数の条件の下で生活することは、もはや人間としての生活ではなく、ロボット

同然である。

自由は奪われ、能力や個性は完全に無視され、黙って従うしかなくなる。

まるで、隣国の北○○みたいである。

 

 

来年、東京でオリンピック・パラリンピックが開催される。

メダル獲得!といって一喜一憂する国民が多数いることだろう。

近年の陸上競技の100m走で白人選手や東洋人選手が優勝した場面を一度も見た

ことがなく、決まって黒人選手が優勝している。

個人差はあるものの、早く走るために必要な骨格や筋肉が人種によって違う。

ここで、平等をうたって、黒人選手にハンデを付ければ、差別以外の何物でも

ない。

 

奇怪な例えに聞こえるかもしれないが、小学校の運動会では平等をうたって徒競走

には順位を付けないところが多いそうである。

『足が速い』という個性を無視した抑圧以外の何物でもない。

その後、陸上競技の選手になったとたん、順位を付けられる矛盾をどう理解すれば

よいのだろうか。

 

 

 

平等とは、『差別や偏りなく、一様に等しい』ことをいうが、この平等を突き詰め

ると、かえって差別や偏見が目立つこととなる。

 

平等主義者ほど、差別や偏見にまみれた人たちはいないと言える。

平和憲法

2019.8.15

今日は、『戦没者を追悼し平和を祈念する日』、俗にいう終戦記念日である。

 

終戦の後に平和憲法と称される『日本国憲法』が制定され、現在に至っている。

 

そして、その憲法が世界情勢の変化等に伴って「改正」の必要があるのではないか

という議論が起きている。

世界を見渡すと、こうした『改正の是非についての議論』が起きるのは日本ぐらい

のもので、他の国は世界情勢に合わせて柔軟に改正している。

そのため諸外国からは、日本国憲法は未改正の成文憲法としては、「世界最古」と

揶揄されている。

 

どのように改正すべきかについて、この場で論じるつもりはない。

 

ただ、日本国民は長年にわたって、憲法改正をタブー視しすぎたように思う。

言い方を変えれば、憲法に興味を持たないようにしてきたように思う。

 

憲法は、政治家や学者にとっての『言葉遊び』の道具であってはならず、我々国民

のためのものでなければならない。

 

 

平和な生活を求めるのであれば、憲法により興味を持つべきではないだろうか。

台風10号

2019.8.14

台風10号が四国や九州地方に上陸し、猛威を振るっているとの報道が出ている。

予想される今後の進路によると、日本列島を縦断するとことであった。

 

北海道に来る頃には、『温帯低気圧』に変化しているだろうとのことであるが、

勢力はあまり変わらず接近するとのことであったため、予断はできない。

 

当方の各部署には、『停電、断水』を含めた風水害の対策を指示しておいた。

 

また、家庭内においても、各自対策を講じる必要があるだろう。

 

そんな折、今週土曜日(17日)には、当方主催の夏祭りを予定している。

この状況では、中止となる可能性が非常に高い。

懸命に準備していたスタッフや楽しみにしていた方々にとっては、恨めしい天候と

なってしまった。

 

台風!どっか行ってくれ~!!

 

 

食育講座

2019.8.12

先週の金曜日、

当方施設の隣りにある『コミュニティサロンぽんて』にて、酪農学園大学主催の

食育講座が開催された。

 

残念ながら、所用があり参加することはできなかったが、大いに盛り上がったと

伺っている。

 

 

同大学の杉村准教授からの基調講演をいただいた後、学生による栄養や食事

メニューに関するお話をいただいた。

 

 

食育というツールを通じて、学生と地域の方々とが身近な距離で交流することに

大きな意義を感じる取り組みと感じている。

 

今回は、単発の取り組みとなったが、来年度以降は継続的な取り組みにしたいと

目下検討中である。

 

杉村先生、学生の皆さん

ありがとうございました。

水分より食事

2019.8.8

気温の暑さのピークは過ぎたのではないかと言われているが、それでも暑さは

まだまだ続くようである。

 

先日、当ブログの『声の掛け合い』でも取り上げた高齢者の脱水や熱中症への対応

について、些か誤解があるように思うので、今回はその点を取り上げたい。

 

『脱水』というぐらいだから水分を補給することが最良の対応策と考えている方が

多くいるように思う。

 

水分補給は、通常時と脱水症状時では分けて考えたほうが良い。

 

通常時であれば、コーヒーやお茶、真水などの嗜好する飲物を飲みたいときや

のどが渇いたときに補給するだろう。

それらは、一度にがぶ飲みしない限りは特に問題はない。

 

脱水時に同様の飲物を同様の方法で、水分補給と思って摂取すると、かえって

脱水症状を悪化もしくは改善しない状態にさせてしまうことがある。

 

栄養補給や老廃物の排出に重要な役割を持つ『体液』には、約0・85%の塩分

が含まれている。

この塩分は、体に水分を留めるという重要な役割を持っている。

 

脱水症状を改善するために、塩分が全く入っていないコーヒーや真水を多量に摂取

すると塩分濃度が下がってしまう。

体は、「それはまずい!」と反応して、塩分濃度を保つために多量の水分を体外へ

放出してしまい、脱水状態へ逆戻りしてしまう。

また、水分を多くとると消化不良や食欲不振の原因ともなる。

 

脱水症状時の水分補給対策として、スポーツドリンクを常温で保管しておくことを

お勧めしたい。

 

そして、もっと強くお勧めしたいこととしては、水分では十分に補給することが

できない栄養素を補給することができる『食事』をしっかり摂ることである。

食事を摂ることで、水分、糖分、塩分のほか、重要な栄養素をたくさん摂取する

ことができる。

 

夏こそ、しっかり食事を摂りましょう!

笑顔という魔法

2019.8.6

本日、夏の全国高校野球選手権大会『俗にいう甲子園』が開幕した。

普段は野球に興味はないが、地元や地縁の高校を応援するという方も多いのでは

ないだろうか。

 

ところで、

興味のない方々にはどうでもよい話だろうが、

先日、海外女子ゴルフのメジャー大会である『全英女子オープン』で、渋野日向子

さんが劇的な優勝を遂げた。

 

この話題のすごさは何かといえば、

昨年にプロテストを合格したばかりで、海外の大会には一度も出場したことがない

彼女が、世界最高峰の大会でいきなり優勝してしまったことにある。

 

卒業したての元高校球児が、いきなりメジャーリーグでMVPを取ってしまうような

非現実的なサクセスストーリーである。

 

そして、

渋野さんがもう一つ大きな話題となっていることがある。

多くのゴルフプレイヤーが、苦境に立たされると怒りをあらわにしたり、苦虫を

かむ表情を見せる中で、彼女はそう言った場面になっても終始笑顔を見せ、応援

してくれるギャラリーにハイタッチや手を振って応えていたことである。

 

その状況を見て、海外のメディアは親しみを込めて『スマイリング・シンデレラ』

と愛称を付けた。

 

笑顔で過ごしていれば、何でも解決するとまでは思っていない。

世の中は、『平等』ではなく、『理不尽』の連続である。

誰にでも必ず幸運が巡ってくるわけではなく、そのチャンスすら与えられずこの世

に別れを告げた人もいるだろう。

 

ただ、国内外で悲惨な事件の報道が相次ぐ中で、

『世の中のせいばかりにして、自ら幸運を逃してしまっている』人たちが大勢いる

ように感じる。

 

『笑顔』は、人間だけがコントロールして作ることができる表情と言われている。

『笑顔』は、周りの人を幸せな気持ちにさせ、自分自身も幸せになれる。