北海道江別市でケアプランセンター、小規模多機能ホーム、デイサービス、訪問介護施設を運営するみのりの丘グループ

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運営推進会議

2019.3.22

以前にも当ブログで取り上げた運営推進会議は、

定員が少数(18名以下)の通所介護(デイサービス)や小規模多機能型居宅介護

等の地域密着型の介護サービスに開催が義務づけられている。

 

この会議の開催目的は主に、

①事業所の運営の透明性確保
②サービスの質の維持・向上
③地域に開かれた事業所であること

といったところで、

 

出席者は、

サービスの利用者及びその家族、行政の担当者、地域住民の代表者、有識者、事業

所の現場責任者などで構成されている。

当方が運営する事業には、その要件に当てはまる事業所が3か所ある。

 

昨日、小規模多機能ホームみのりの丘とデイサービスセンターみのりの丘の合同

で同会議が開催された。

課題は山積しているが、特に『地域に開かれた・・』という部分が不十分である

と痛感した。

理屈や制度だけでは

2019.3.20

先日、長年担当させていただいていた方が施設へ入居することとなった。

申込みをしていた施設の一室が急遽空いたため、早々にそちらへ入居することと

なった。

 

この方は、身寄りがほとんどいなく、判断力が低下していることもあって

『成年後見制度』を活用して、後見人がついている。

また、生活保護を受給していることもあって、経済的な余裕があまりない。

 

そこで、困ったことが引っ越し費用である。

 

後見人が市役所の保護課担当者へ引っ越し費用を保護費から支給してもらいたい旨

を伝えると「手続きに一か月以上要する。」との返答があり、施設側も「それまで

は待てない。」とのことだった。

 

やむを得ず、軽トラックを借りて、私と後見人とで引っ越し作業を行った。

差ほどの荷物ではなかったため、半日もかからずに作業を終えることができた。

 

毎年のように、介護保険制度や他の関連制度は見直しが行われ、多くの方を救済

するものとなっているが、まだまだ『すきま』が多く存在する。

 

この隙間を埋めることを、介護支援専門員(ケアマネージャー)に求められること

がある。

 

心技体

2019.3.15

人によって事情は異なるが、多くの人は「住み慣れた街で暮らし続けたい。」と

考えているだろう。

 

しかし、“様々な状況の変化”でその思いを継続することができず、望まずして

住み慣れた街を後にしなければならないことがある。

 

そして、その状況の変化の中には、自分自身の変化による場合がある。

例えば、経済面・身体面・精神面などの変化である。

 

スポーツの世界でよく言われる『心技体』は、生活する上でも非常に大切な要素

である。

『心』が風邪をひくと体にも影響して、仕事や生活に支障をきたすこともある。

『技』を発揮するためには、頭が働かなければならない。

『体』が資本!健康でいることが安定した生活を保つことができる。

 

毎週金曜日に開催している地域交流カフェでは、

「住み慣れた街で暮らし続けたい。」という思いを実現することを主な目的

として、『心技体』の維持向上するための活動を行っている。

 

今日は、『手遊び脳トレーニング』を行った。

じゃんけんでわざと負ける手を出したり、出した両手の数字を足したり掛けたり

 

やってみると案外難しい。

 

そんな中で、一番重要なことは、

自宅に閉じこもって、誰とも話をしないということではなく、

 

 

自宅を出て、皆と笑って、話をすることで『心の風邪』を防ぐことだろう。

 

定年の年齢設定

2019.3.13

私が幼いころ、「男女とも平均寿命が70歳を超えた。」というニュースが流れて

いたような記憶がある。

今では、男女とも平均寿命は80歳を優に超えており、女性に至っては90歳を

超える勢いである。

 

職業柄、ご高齢者とお会いする機会は多いが、社会人1年生のころ100歳を超える方

とお会いすることはそう多くはなかった。

最近では、特に珍しいということはなく、日常的にそういった方々とお会いする。

 

こうした状況に伴って、定年の年齢も少しずつ延びてきており、当方の規定では、

70歳を定年としている。

 

『定年』はなぜ存在するのか?

社会背景や諸制度によって生み出されたものではあるが、私個人の考えとしては、

『労働者としての伸びしろがある年齢』ではないかと思っている。

 

人は皆、毎年1歳年を取る。

年を重ねるうちに、身体機能や記憶力の衰えを感じる。

しかし、積み重ねた経験や知識、技術は、その衰えを凌駕し、毎年成長を続ける

ことができるのでないかと思う。

 

そして、その伸びしろが定量に達した時に、労働者としての自分を見直す機会が

『定年』ではないだろうか。

 

当方には、70歳を超えるスタッフがおり、これから70歳を迎えようとしている

スタッフも何人かいるが、とても定量に達したとは思えない仕事ぶりである。

 

定年の年齢を見直してもよい時期に来ているようだ。

 

出来高払いと包括払い

2019.3.12

医療保険制度は「やぶ医者ほど儲かる。」と言われてきた。

同制度は、長年『出来高払い制』をとっていたため、

検査をすればするほど、薬を出せば出すほど、病院は儲かるのである。

 

名医は、必要最低限の検査、処置、処方、手術で病気を治そうとするが、

やぶ医者は、たくさん検査をしないと何の病気かわからない。もっとひどいのは

1度の手術で済むところを失敗して2度3度と余計な手術をする。

そうすると、たくさんの報酬が病院へ入ってくる仕組みとなっていた。

 

介護保険制度も似たようなところがある。

全てではないが、多くの介護サービスは要介護度が重ければ重いほど、高い報酬が

得られる。

ケアを手抜きしてご利用者が重度化することで、結果的に儲かることになる。

 

そこで、医療保険制度では一部分『包括払い方式』を導入することとした。

ある条件下の特定の病気に対する診療報酬を○○円と固定する方法である。

そうすると、たくさん検査や処置をしても入ってくるお金が同じであるため、

不必要に検査などをしなくなる。

 

しかし、これで一件落着かと思いきや

包括払いとなると、「どうせ入ってくるお金が一緒なら、やったほうがいいと

思われる検査や処置も省略してしまおう。」という『手抜き診療』が横行すること

となってしまった。

 

介護保険制度は、医療保険の制度設計を基本としているため、

『出来高払い制』と『包括払い方式』の併用という方法を取っており、上記と同じ

ような現象が起きてしまう。

 

「正直者が馬鹿を見ない。」制度設計と「楽して儲けよう。」という事業者の

いたちごっこは永遠に終わることはないだろう。

 

私も経営者の端くれとして、儲けやお金は常日頃から考える。

がしかし、それは、自分たちが理想とする介護や福祉を展開ための手段であって

目的ではない。

お金を稼ぐことそのものを目的としている経営者は、是非とも医療や介護、福祉の

現場を離れて、別のふさわしい業界へ移っていただきたいものである。

今ある生活を見直す

2019.3.11

3・11と聞いて、8年前に発生した『東日本大震災』を思い出さない日本人は

ほとんどいないだろう。

リアルタイムに映し出された大津波は、とても現実に起きているとは思えず

目を疑ったことを昨日のことのように思い出される。

 

この大震災によって、想像できないほど多くの方々が命を奪われ、未だに行方が

分からない方々もまた大勢いらっしゃる。

 

自然災害を人間ごときが制御しようなどとは、おこがましいことなのかもしれない

が、「何て惨いことをするんだ。」という恨みと自分自身の無力さからなる悔やみ

がこみ上げてくる。

 

私たち、北海道民も昨年に大きな震災を体験した。

 

こうした体験を受けて、『生きること、生活することとは?』をもう一度見直して

もいいのではないかと考えてしまう。

 

そう考えると、『原子力発電所』は本当に必要不可欠なものなのか?

今ある生活を見直すことで、必要なものではなくなるのではないか?

と思ったりする。

 

『自分らしく生きる』というリスク

2019.3.7

テレビを見ていると、

やたらと『安全・安心』をうたい文句にしているCMを目にする。

 

人は自分にとって都合の悪いことは、『隠す、話を逸らす、否定言葉を連呼する』

のが常である。

 

自衛隊基地や原子力発電所を「安全、安全、安全・・」と連呼するのは、それらが

非常に危険であるからに他ならない。

 

 

危険であることを前提に、「リスク回避にこれだけの策を講じました。」というの

であれば理解できるが、前述のようにただ連呼するのでは何の説得力も持たない。

しまいには、「想定外」という伝家の宝刀を出しておしまいにしてしまう。

 

介護支援専門員(ケアマネジャー)が作成するケアプランには、決まって

「安全に・・安心して・・」という言葉だけが並べられ、何の説得力も持たない

内容のものがあまりにも多い。

 

『生きる』ということは、常に様々なリスクを背負うことでもある。

 

それでも、「自分らしく生きたい。」という思いを実現するために、リスクがある

ことを承知の上で、極力そのリスクを最小限にとどめる対策を講じながら生活を

続けていくのである。

 

「安全に・・安心して・・」という言葉だけを並べ、危機的状況に陥った時に、

介護支援専門員(ケアマネジャー)は「想定外」とでも言って、おしまいにして

しまうつもりなのだろうか。

地域の活性化

2019.3.6

当ブログで何度かお伝えしているが、私は今年度、大麻第二住区自治連合会の

副会長を拝命していることもあり、同会の催しを主催したり、お手伝いしている。

 

また、同連合会にはいくつかの専門部会があり、私は『文化広報部会』の部長も

兼務している。

 

同部会では、先に開催した文化講演会の主催や広報誌の発行(年2回)が主な活動

となっている。

その広報誌を今月中に発行すべく、部会長である私は紙面校正の真っ最中である。

 

そんな中で、各自治会から頂いた話題を見ていると、

「年々参加者が減り、今年でこの行事は最後になります。」とか「各地区で見られ

ていたこの行事は、今ではここだけになってしまいました。」といった寂しい話題

が非常に多いことに気が付いた。

 

 

江別市内の中でも『大麻地区』は、唯一人口が微増しており、過疎化が進んでいる

わけではない。また、宅地造成も盛んにおこなわれており、若い世代の移住や定住

が進んでいる。

 

とすると、これも時代背景によるものだろうか。

 

地域活性には、時として『打ち上げ花火』のように派手なイベントや大型店舗の

出店、活性化プロジェクトといった見た目にわかりやすいものが必要とされる場合

がある。

 

しかし、本当の意味での地域活性は、「ない物を無理して作る。」ではなく、

「あるものを大事に育てる。」ことではないかと感じる。

 

地域住民のニーズに合わせて、多少の改良は加えてでも、今まで行ってきた行事を

続けることこそが地域活性につながるのではないだろうか

もう3月かぁ

2019.3.5

とうとう年度末に入ってしまった。

 

当方の特定非営利活動法人(NPO法人)も3月が決算月である。

これからの1か月間は、書類・数字との格闘が始まる。

 

また、今年は当方の事業所がある商店街の自治会長を拝命していることもあり

ダブルパンチならぬダブル決算である。

 

少しのんびりしたい・・

 

が無理だな。

大麻地域創造会議(2月)

2019.2.28

毎月定例となっているこの会議を今回も紹介させていただく。

 

「住みやすいまちを自らの手で作っていこう」と発足したこの会議であるが

今月は、『農業と福祉の連携』をテーマに、私の母校でもある北星学園大学の杉岡

教授を講師に招いて、障がいを持った方や高齢者の雇用・社会参加、介護予防、

世代間の交流など多岐にわたる話題を議論した。

 

 

杉岡先生のお話はすべてが刺激的だった。

「手作りで地域課題を解決する上で中核となる活動としての農業」、「利潤を外部

へ出さない生産者と消費者の共存」、「地産地消から自産自消へ」などなど。

 

 

住みやすいまち作りの実現には、様々な課題がある。

出来るところから一歩ずつ進んでいきたい。

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