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2024.12.25
師走!師走!
文字通り、ここのところ忙しく走り回る日々が続いており、中々机に向かって仕事
する時間を十分に取れずにいる。そのため、このブログを更新することもままなら
ない状況にある。
当方の規定では29日から年末年始のお休みに入ることになっているが、土日休み
の事業所は27日が仕事納めとなる。ただし、当方には年末年始も稼働している
事業もあるため、実質的には年中無休となる。
私も毎年、年末年始は出勤して残務整理や稼働している事業所回りなどをしている
ので、このブログもそういった時間を使って更新記事を書いていこうと思う。
とか言っている間に出動要請が入ったので出かけることとしよう。
2024.12.12
当ブログでも何度か話題として取り上げている『選択的夫婦別姓制度』について
衆議院選挙前までは、法制化の実現に向けて威勢が良かった総理大臣であったが、
同選挙に惨敗してからは、すっかりおとなしくなってしまった。
選択的夫婦別姓制度とは、結婚する夫婦が名字を同じにするか、別々にするか自由
に選べるようにする制度だが、我が国の現行の民法は、結婚した夫婦はどちらかの
姓を名乗ることを定めており、実際には婚姻届を提出した夫婦の95%以上で、
妻が改姓して夫側の姓を名乗るという状況にある。
ここで問題なのは、「結婚=改姓が”強制される”」ことにあると考えられる。
さらに言えば、女性の立場から見ると95%以上が夫の姓に変えていることから
自分達が「結婚=改姓が”強制される”」ということにつながる。
こうした状況を見ると、国際社会から「日本は女性差別の国」と言われても反論で
きないように思える。
我が国の女性の多くが、「今の制度のままでいい」と言っているのであれば未だしも
いずれの世論調査の結果を見ても、過半数が法制化に賛成しており、「個人の自由を
尊重したい」との意見が多数ある。
しかし、選択的夫婦別姓制度の法制化には根強い反対意見がある。
その多くは、「家族の一体感が損なわれる」、「夫婦の間に生まれる子に不利益が生じ
る」、「日本古来の歴史や伝統が損なわれる」といったところである。
個人的には、「家族の一体感や子への利益」について国から強制されたり、とやかく
言われることの方が不自然に感じるし、はっきり言って「余計なお世話」だろう。
そもそも、”選択的”なのだから、各家族が話し合って決めればよいだけのことでは
なかろうか。
東北大高齢経済社会研究センターの吉田浩教授によると、現行の夫婦同姓制度を
続けた場合、約500年後に日本人全員の名字が「佐藤」になるとのシミュレー
ション結果が出たそうである。
皮肉なことに、そうなると「姓」そのものの必要性がなくなる。
さらに皮肉を言えば、一般庶民に「姓」を名乗ることが許されなかった江戸時代の
歴史や伝統に立ち戻ることができる。
結局、国は何が何でも国民(庶民)をコントロールしたいということか。
2024.12.10
厚生労働省が、介護保険制度の見直しを議論する審議会で俎上に載せた審査期間の
長期化が課題となっている要介護認定の実情が、直近データの2022年度の下半
期で、利用者の申請から認定までにかかる期間が法律で定められている原則30日
以内を大幅に上回る『平均40.2日、中央値39.4日、最長78.7日』も
かかっていることが明らかになった。
まず初めに申し上げたいことは、民間企業は法律に違反すると罰則が科せられ、時
には営業停止などの重たい処分を受けることもある。にもかかわらず、行政は常態
的に法を破っていても何のお咎めもなく、介護保険制度が開始してからの25年間
特に改善もせずにいるあたりが開き直りとも受け取れる態度である。
法秩序の維持を担う行政が聞いてあきれる。
それにしても何で要介護認定の結果が30日以上かかってしまうのだろうか。
その一つは、申請を受付けてから要介護認定に必要な訪問調査の実施までに時間が
かかりすぎている。この時点で2~3週間経過していることは珍しくない。
本来は保険者が実施することになっている認定に係る訪問調査であるが、人員が
不足しているため、居宅介護支援事業所のケアマネジャーに委託するケースが多く
ある。多忙を極めるケアマネジャーにとっては、通常業務の合間に訪問調査を行い
調査票を期日までにまとめて行政に提出することは非常に重労働である。
保険者が自己完結できていない時点でこのシステムは成立していない。
もう一つは、申請者の主治医が作成する主治医意見書の提出に時間がかかる。
ケアマネジャー以上に多忙を極める医師にとっては、通常業務の合間に意見書を
作成して期日までにまとめて行政に提出することは非常に重労働である。
要介護認定には医師のかかわりが必須であることを主張した医師会の意見が取り
入れられた経緯を考えると自業自得といえなくもないが、現場の医師にとっては
たまったものではないだろう。
個人的に最も罪が重いと感じるのは、申請者の要介護度を最終決定する機関である
認定審査会である。
認定審査会は、保険者から委託を受けた医療・介護・福祉の専門家数名と行政の
担当者で形成されている。そしてこのメンバーが集まらないと審査会は開催できな
いこともあって毎日開催されているわけではない。その時点で無駄に時間が経過し
ている。
そして、この審査会の委員、顔ぶれを見ても『専門家?』と言わざるを得ない方々
の集まりである。そんな方々が出す結論は、ルール無視、専門的視点の欠落、現実
と大幅にかけ離れた内容のオンパレードである。
全く意味がなく、無駄に時間を使う認定審査会を廃止して、AIを活用するだけで
要介護認定の審査期間が大幅に短縮され、精度が大幅に改善されるはずだ。
あとは、デジタル音痴の我が国の行政がAIをうまく活用できるかにかかっている。
2024.12.9
多くの業界に共通することではあるが、高齢者介護の業界は慢性的な人材不足に
苦しんでいる。
そしてその状況を打開するキーワードとして『賃金の改善』、『生産性の向上』、
『ロボットやICTの導入』が繰り返し取り上げられている。
これらのキーワードが上手く組み合うことで相乗効果が生まれ、課題の解決や改善
を目指そうと言うことなのだが、厚生労働省の手にかかるとなぜかこれらのキーワ
ードは”ジャンケン”のような関係性になってしまい、相乗効果がうまれるどころか
互いの良さを打ち消してしまい、課題がさらに大きくなってしまう現象がしばしば
起きている。
例えば、厚生労働省はこれまでに『賃金の改善』を目的とした介護職員の処遇改善
にかかわる加算を数多く作ってきた。しかしその加算を算定するためには、煩雑な
事務処理が必要となる。また、その事務処理に必要な書類が加算毎に異なるうえに
紙媒体の提出が求められていた。その結果として、生産性は低下し、ICTの活用の
妨げとなっていった。
処遇改善にかかわる加算を複数の複雑な算定要件などにはせずに、基本報酬に組み
込めば無駄な事務処理が必要なくなり、生産性やICT導入が一気に加速するにも
かかわらず、相も変わらず似たようなことを繰り返している。
やたらと手当を増やして、給与体系を複雑にする我が国の官僚ならではの発想なの
だろうが、こんなことを繰り返していたら一生かかっても生産性は向上しない。
また昨今、介護用ロボットの導入が大きく取り上げらてきているが、その実情は
ロボットを稼働させるための人員が別に必要なため、人員数が減らずにロボット導
入経費が増えるだけなので、賃金を改善する財源がなくなってしまう。
さらには、行政への書類の提出がいまだに紙媒体やFAXという方法が非常に多く
残っておりその方法がコロコロと変わるため、ICT導入に二の足を踏んでいる事業
者も少なくはない。
そんな体たらくを続けているうちに、人材が枯渇してしまうのではないかと本気で
心配している。
厚生労働省の職員を丸ごと入れ替えるくらいの大ナタを振るわなければ状況が好転
することはないのではないかと半ばあきらめの境地にいる。
2024.12.6
私はこれまで繰り返し、明確な根拠も示さずに『安全・安心』を連呼する人を痛烈
に批判し、ケアプラン上にも明確な根拠のない『安全に、安心して』の言葉を連呼
するケアマネージャーを”無能”と蔑んできた。
そもそも『安全・安心』は、主観でしかなく人それぞれ感じ方は様々だ。また、同
じ人物であっても状況が変わればその指標は大きく変わる。
つまり、『安全・安心』は非常に曖昧な言葉でしかなく、言い換えれば中身のない
言葉ということである。
「中身はともかく、皆で頑張るから安心して」と言われて心の底から不安が解消さ
れる人などいるのだろうか。
さらに言えば、『安全・安心』はサービス等の提供を受ける側が感じることであって
提供する側が受ける側に押し付けがましく伝える言葉ではない。
それなのに企業等の広告にこの言葉が繰り返し使われている。
本来は「あなた(達)が抱えている〇〇という不安を○○という方法で解消(緩和)
します」と表現することが正解であろう。
しかし残念ながら、『安全・安心』を連呼する人の多くは、相手がどのような不安を
抱えているのか、そしてその不安をどのような方法を用いることで解消することが
できるのかを理解(把握)できていない。
だから、曖昧な言葉を使ってごまかすのである。
先月、政府が閣議決定した新たな総合経済対策の表題を見てため息が出た。
その表題は「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」である。
これは中身を見なくても、内容の無い政策であることが予想できてはいたが、一応
目を通してみた。すると案の定、場当たり的な給付とお得意の環境や体制整備が
ずらりと並んだ内容など全くないものであった。
皆さんも『安全・安心』を連呼する人や企業に是非注目していただきたい。
2024.12.4
早いものでもう師走、今年も残りわずかとなった。
そんな年の瀬に混乱を極めているのが、医療機関を受診する際に必要となる従来の
健康保険証の新規発行が2日から停止されて、マイナンバーカードと一体化した
「マイナ保険証」への切り替えを政府が推奨したことに端を発している。
ただ結論だけいうと、従来の保険証は有効期限内であれば来年12月1日まで使用
できるし、マイナ保険証を持たない人には期限までに保険証の代替となる「資格確
認書」が届き、有効期限以後も更新可能なので大騒ぎすることではない。
それなのに何でここまで混乱するのだろうか。
その原因の一つには、「政府の説明と配慮不足」が大きいと言える。
今回の件に関する文書がいくつか自宅に郵送されてきてはいるが、独居の高齢者や
認知症を患っている方にとっては、文書を読んで理解したうえで必要な手続きを自
力で行うことは困難を極める。
いかに政府が国民の方を向いて仕事をしていないかがわかる。
また、もう一つの原因には、「データ入力等の人員的ミス」が挙げられる。
以前に当ブログでも取り上げたが、国際経営開発研究所(IMD)が発表した2年前
の世界デジタル競争力ランキングの結果、日本は過去最低順位を更新しており、
「データ分析の活用」、「脅威に即応できる組織体制」といった評価項目については
ぶっちぎりの最下位に沈んでいる。
未だに解決していない「消えた年金問題」の件といい、いかに我が国がデジタル
音痴であるかがわかる。
さらには、「不安を煽るだけのマスコミ」の影響も大きいと言える。
比較的デジタルに馴染みの少ない高齢者の多くは、その情報をTVなどのメディアに
依存している。
そしてそのTVを中心としたメディアは、マイナンバーカードやマイナ保険証の導入
にかかわる議論が開始されると、国民にとってのメリットには一切触れずに、デメ
リットをやたらと大げさに取り上げて国民の不安を必要以上に煽ってきた。
不安に苛まれている最中に政府がいくら説明を繰り返しても聞く耳を持つことは
難しく、結果として説明不足に陥ってしまう。
マイナンバーカードについては、「個人情報の流出と不正利用」への不安を口にする
方が根強く残っている。
もしも、「運転免許証や健康保険証などが紙媒体であるから安心」と考えている人が
いたとしたらそれは勘違いである。それらの情報は、データ入力されたうえで管理
されて使用されている。多岐にわたるデータが多くの機関を経由して誤入力される
といった人員的なミスも含めると国民にとってリスクが低いとは言えない。
それにこのご時世は、自力で自分の個人情報を守ることは困難を極める。
デジタルかアナログかにかかわらず、また公的サービスか民間サービスかにもかか
わらず、ありとあらゆる方法で個人情報はデータとして集積している。そしてその
データは人間が管理している。
悪意のあるなしにかかわらず、個人情報のデータは日常的に流出し続けており、
もはやマイナンバーカードのあるなしなど関係ない状況にある。
利便性を求めれば、リスクも伴う。
毎年、自動車事故によって多くの尊い命を失っており、未だに後遺症や障がいに
苦しんでいる方も大勢いる。
それなら「車を利用することをやめよう」となるのかというとそうはならない。
リスクはあるが、それ以上のメリットがあると考えている人が多いので、車を直接
あるいは間接的に利用するのだろう。
多くの個人情報が、デジタルで一元管理されることにリスクは全くないと言う
つもりはない。それでも、人口が減少し続けて慢性的な人材不足に喘いでいる中で
簡素な手続きで多様なサービスを円滑に受けることができるメリットは大きい。
2024.12.3
最近、オーストラリア議会で16歳未満の子どもがSNSを利用することを禁止する
法案が可決されたことが大きな話題となっている。
その背景には、子どもたちがSNSを通じて悪質ないじめにあったり、性被害にあっ
たりするケースや自殺にまで追い込まれるケースがたびたび報道され、子どもへの
悪影響が懸念されるようになったことがあげられている。
オーストラリア政府は、これまでもSNSの運営会社などに対して、暴力的なものや
子どもの性的画像などのコンテンツの削除を求めたり、適切な対応をしない場合に
は罰金を科したりと、厳しい姿勢で臨んできたようだが、さらに一歩踏み込んだ
法案可決となった。
未発達の子どもたちに悪影響を及ぼす危険性が高いものを規制することは、多くの
方が容認あるいは賛成することではないかと思う。
ただし、個人的には「悪質ないじめ」がSNSを排除したところで、無くなることも
減ることもないだろうと思っている。
私の幼少期はSNSなどがない時代ではあったが、いじめは常態化していた。
教室内に「○○を皆で無視しよう」などといったメモが回覧されることは日常茶飯
事であった。ツールがメモからSNSに変わっただけで本質は何も変わっていない。
恐らく、人間が人間をやめない限りはいじめがこの世からなくなることはないだろ
うと思う。
なぜなら、人間はそのDNAにインプットされている「防衛機制」に強い影響を受け
ているため、受け入れがたい状況や危険な状況による不安を解消しようと防衛的行
動を取ろうとするからである。
その行動は、自傷行為として現れる場合もあるが、気に入らない相手を排除しよう
としたり、過度の管理や統制を図ろうとする場合もある。
相手を封じ込めようとする「排除、管理、統制」がいじめという行動に現れるので
ある。
いじめに本気で対峙するのであれば、「いじめがこの世からなくなることはない」と
いう前提に立たなければほとんど意味がないのではないかと思う。
子どもたちから「メモ帳やSNS」を取り上げたところで何の解決にもならない。
いじめは必ず起きるという前提に立った場合、その事象にどのように対峙していけ
ば良いのだろうか。
まずは、日本のような法治国家であれば仇討ちができないので、法整備をしっかり
行うべきであろう。日本の法律は加害者の人権擁護に偏りすぎである。そのことに
加えて、いじめなどによる被害や損害に対する賠償額が低すぎる。
被害に遭った者が負った心や体の傷は「ごめんね」の一言で癒されるほど軽いもの
ではないはずだ。
それから、そういった被害に遭った者の”逃げ場や拠り所”を丁寧に作り上げていく
事もまた重要であろう。こういった受け皿が被害に遭った者の救いとなることは
少なくはない。
「いじめをこの世から根絶しよう」と考えている人ほど、いざそういった事象を目
にすると、何事もなかったかのように振舞ったり時に隠蔽したりする。
そしてその行為が新たないじめを助長することになる。
2024.11.25
今日は、当方職員を対象とした法定健診の日。
昨年と同様に『札幌健診センター』さんに依頼して、当事業所へお越しいただいて
の実施となった。
スタッフの健康あっての事業継続である。



それにしても、慣れていらっしゃるとは言え、何と手際のいいこと。
70名の職員をあっという間にさばいてしまっていた。
来年もよろしくお願いいたします。
しかし、何度経験しても「バリウム検査」は気持ちが悪い・・。
2024.11.21
当ブログでも繰り返し触れている「ケアマネジャー不足」を踏まえて、厚生労働省
は資格試験の受験要件の緩和に踏み切る考え方を示している。
今回示されたのは素案であるため、実際にどんな資格を加えるかや実務経験をどこ
まで短縮するかは今後詰めることになる。
現行の制度では、ケアマネジャーは、保健・医療・福祉に関する法定資格に基づく
業務又は一定の相談援助業務に従事した期間が通算して5年以上である者が、介護
支援専門員実務研修受講試験を受験し、合格後の介護支援専門員実務研修を修了す
ることにより、介護支援専門員証の交付を受けて資格を取得することができる。
昨年、関東の10都県の知事からなる「関東地方知事会」が、介護支援専門員実務
研修受講試験の受験資格を緩和するよう国に求める方針を示した。
その提案内容とは、6年前の介護保険法改定によって除外された『実務経験のある
介護福祉士以外の介護職員』を受験資格要件に復活させることである。
たしかに、この要件を外したことで介護支援専門員実務研修受講試験の受験者が
激減した。そのため、頭数を確保するという観点からこのような提案を出すことは
一定の合理性はある。
しかし、私はこの提案には大反対である。
介護支援専門員に求められる技術は、『介護技術』ではない。何年もかけて介護の
技術を磨いたとしても、介護支援専門員に求められる対人援助技術やマネージメン
ト能力が磨かれるわけではない。
残念ながら『介護福祉士以外の介護職員』は、主体的に学ぶ機会を作らない限り、
職に就く過程で介護支援専門員に求められる知識や技術を習得する機会がない。
度々、介護支援専門員の質が問われることがあるのは、必要な知識や技術を習得し
ていない者でも資格を取得できてしまうからに他ならないと思っている。
つまり、介護支援専門員の受験資格は、対象の資格を拡大するのではなく対人援助
技術やソーシャルワークを学んだ者にのみ与えられるべきだろう。
この件に関するもう一つの話題である「5年以上の実務経験」という受験資格要件
についてであるが、私の個人的な意見としては「全く持って意味不明」である。
どんな仕事でも、人生経験や社会人経験が重要であることは言うまでもない。
ただし、その経験をもって受験するための要件とする資格など他にあるだろうか。
医師、弁護士、教師など社会性や道徳、倫理を問われる国家資格はいくらでもある
が、いずれの資格も「〇〇年以上の実務経験」が受験の要件にはなっていない。
つまり、介護支援専門員の受験資格は、実務経験に関係なく対人援助技術やソーシ
ャルワークを学んだ者に与えられるべきだろう。
厚生労働省が考えている資格要件の緩和があらぬ方に向かっているように思えて
ならないのは私だけだろうか。
2024.11.18
先の衆議院議員選挙において大幅に議席を増やした『立憲民主党』が、過半数割れ
した与党の政策に大きな影響を与えるのではないかと脚光を浴びている。
私個人としても、政治と金の問題でやりたい放題だった自由民主党の襟もとをただ
す役割として大いに期待している。
しかしその立憲民主党は、年収130万円を超えると国民年金などの保険料負担が
生じる「130万円の壁」をめぐって、年収200万円までの人などを対象に、
保険料負担が生じても手取りが減らないよう、給付で補助する制度を導入する法案
を国会に提出したらしい。
「年収130万円の壁」とは
扶養者が会社員の場合、自分の年収が一定の金額を上回るまでは、扶養者の「社会
保険上の扶養」に入ることができるため、社会保険料を払わなくて済むが、年収が
「130万円以上」になると本人が社会保険に加入することになるため、給与から
社会保険料が差し引かれて、手取りが減ることになるという仕組みのことを言う。
同政党としては、労働者不足が深刻化してきている現状を踏まえてこの法案を提出
したことは理解できる。一見すると”より良い取り組み”に見えなくもないこの法案
は「差し引かれる社会保険料に相当する分を国が給付して補填しよう」という政策
であるが、手取りが減る分を国が補填するなど原理原則を無視した暴論としか言い
ようがない。
このような姑息な手段を講じて”国民の気を引こう”と考えているのであれば、何と
「浅はか」としか表現のしようがない政策である。
ただでさえ社会保障費の財源が枯渇しかかっているというのに、さらに財源を減ら
すような政策を講じて何がしたいのだろうか。
加えて社会保険サービスの拡充や従業者の収入を増やすことも同時に謳っている。
収入を減らして支出を増やすって、これは倒産寸前の放漫経営をする企業や手取り
が減っているのにローンやリボ払いで買い物三昧して自己破産する人と同じ構図で
ある。
この政党は、社会保障制度を崩壊させようと目論んでいるのではないかと疑って
しまう。
当ブログで何度か話題にしていることではあるが、一番力を入れなければならない
政策は「仕事と子育ての両立に寛容な社会の仕組づくり」であって「壁の撤廃」で
はない。