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2024.8.20
毎日熱戦が繰り広げられていた『パリ・オリンピック』の全ての競技が終了して
来週からは『パラリンピック』が開催される。
ハンディキャップを持ちながらも、超人的な能力とたゆまぬ努力の結晶が花開く
ことを期待して引き続き応援したいと思う。
同時期に始まった『全国高校野球選手権』もベストエイトが出そろい、いよいよ
佳境を迎えている。
そんなスポーツの祭典が目白押しだったわけだが、オリンピックを見ていて思った
ことがある。
それは、競技(演技)を終えた選手へのインタビューでインタビュアーが「日本を
代表し、国の威信と名誉をかけて戦ったこと」を問うた時に、10代20代の若手
選手の多くが、自国を意識して他国と競い合うというよりは、同じ競技に出場して
いる他国の選手に対するリスペクトを口にしていたということだった。
それは、競い合っている相手選手を激励していたり、抱擁して健闘をたたえ合って
いる姿を見ているだけでもその真意が伺える。
そしてその姿は、「日本が!日本が!メダル!メダル!」と大騒ぎして取り上げて
いるメディアや各テレビ局から派遣されているインタビュアーの姿勢とは真逆と
言っていい風景だった。
この時期は、終戦日や原爆が投下された日ということもあって、平和を祈念する
式典が数多く催されているが、先ほどのインタビューの一幕を見ていると「戦争
反対!平和第一!」とか言っている大人よりも、若者の方がよほど国の垣根を取り
払った友和精神を持っているように思えた。
加えて思うこととしては、何で高校球児はそろいもそろって丸坊主なのだろうか。
高校球児が進んで丸坊主にしているとはとても思えない。なぜなら、丸坊主にする
ことが嫌で野球部に入ることを断念した同級生や丸坊主にすることが苦痛でならな
いと嘆く野球部の同級生が数多くいたからだ。
これは、子供に対して強制力を持って統制したいと考える大人の欲求以外の何物で
もなかろう。
「歴史と伝統を持つ高校野球の球児は丸坊主であるべきだ。」と宣う野球解説者や
高校野球ファンが多くいるが、そんなものに合理的な理由などなく、他の競技者の
多くは丸坊主になどにはなっていないことを見れば一目瞭然だろう。
こうした情景を見ていると、若者を戦地へ送り込み、国のために命を捧げろと命じ
る古い時代を生きる大人の汚い振る舞いを連想させる。
何も歴史や伝統を軽んじるつもりはない。個人的には歴史も伝統的な建物や工芸品
を見ることは大好きだ。ただし、必要以上に歴史や伝統にとらわれて視野狭窄の
状態にある大人よりも広い視野を持って世界に羽ばたいている若者に世界の平和を
託したほうが良いように思えてならない。
2024.8.7
今年の春から再始動した『大麻地域創造協議会』(旧大麻地域創造会議)で毎月話し
合いを重ねて、ようやく具体的な活動を開始することができた。
今回の企画は、≪大麻フリマストリート≫である。
もちろん、この活動の目的は「大麻がより住みよい町になるための活動」という
ことにあるのだが、商店街を元気づけたいとの思いもある。
より多くの方に当方が属する東町ニュープラザ商店街の魅力ある店舗や佇まいを
知ってほしいとの願いも込めてこの企画を立ち上げることになった。
また同商店街は今、世代交代や新陳代謝が求められる状況にもある。そこで、こう
した活動を通じて、若手で事業や活動の場を求めている方が空き店舗を利用する
きっかけ作りもしたいと考えている。
ちなみに今回のイベントは、地域の方から募った日用品や衣類、雑貨等をフリー
マーケットという形で販売する他、イラストやアクセサリー作家の作品の展示販売
も行う。
さらには、酪農学園大学さんのカップアイスや牛乳の販売、フルーツサンドとカフ
ェコーナーも設置することになった。
こうした活動を一つのきっかけとして、より多くの出会いを待ち望んでいる。
皆様にもぜひ立ち寄っていただきたい。

2024.8.1
先週『パリ・オリンピック・パラリンピック』が開幕した。
連日各競技で熱戦が繰り広げられており、テレビの前で観戦している方も多くいら
っしゃることだろう。
ただ、パリとの時差が8時間(サマータイムは7時間)もあるため、競技の多くが
日本では深夜帯に行われるということもあって、寝不足気味という方もいらっしゃ
ることだろう。
かくいう私も翌日の仕事に支障をきたさない範囲で夜遅くまで起きてテレビの前に
かじりついて観戦している。
そんなオリンピック観戦をしていて、フッと思ったことがある。
それは、「柔道って、いつから反則負けが勝負の決め手の主流となったんだ」という
ことである。
私が知っている柔道は、豪快な投げ技や寝技、関節技で勝負を決する競技だと思っ
ていた。ところが昨今の柔道競技は、勝負に対して消極的などの理由で審判から
3回指導を受けると反則負けとなってしまうらしい。
何も今更、柔道を精神論で解くつもりはない。ただ、何とも味気ない。
我が国発祥の柔道が世界各国に広まり、やがて国際大会やオリンピック競技に採用
されたことは誇らしく思う。
個人的には今後も柔道の試合を視聴するだろうし、国際大会で活躍する日本選手を
応援することだろうが、ちょっと寂しい気持ちにもなる。
恐らくは、他国発祥の他のスポーツも世界中に広がって競技となった際に本来の姿
と少し違った形になっていったものはあるだろう。
国際化するということは、より多くの人種や文化に順応していくということでも
あるだろうし、それがオリンピック・パラリンピックの趣旨であろう。
こうした活動が世界平和へとつながることを切に願いつつ、今日も出場選手を応援
しよう。
2024.7.23
今週の26日(金)、27日(土)に当方が運営する『のみくい処とっかり』で第2弾
ビアガーデン祭りを開催することとなった。
今回は、たこ焼きやジャンボ豚串をメインとした食べ物の他に、かき氷を準備して
いるらしい。(これだけ暑いと氷が食べたくなるよねぇ~)


多くの方のご来場を心よりお待ちしております。
ちなみに私は焼き場担当を拝命いたしました。
2024.7.22
今日の江別市の予想最高気温は31℃になるとのことであるが、外勤に出ていると
体感温度は35℃以上に思える。
この様な時期になると我々の業界の人たちが気にすることは、『熱中症』である。
本州では熱中症で救急搬送された方の人数が連日報道されているが、熱中症と言う
と、子供たちが炎天下の屋外活動をしていると起きてしまう状態というイメージを
持っている方も多くいらっしゃるかもしれない。しかし実のところ、活動性が低下
して日中帯も屋内で過ごす要援護高齢者に起きてしまうことの方が多い。
熱中症とは一般的に、高温多湿の環境下で長時間過ごすことによって体温調節機能
や体内の水分と塩分のバランスを崩すことによって引き起こす症状のことを指し、
めまいや吐き気といった比較的軽度の症状からけいれん発作や意識障害といった
重篤な症状を引き起こし、時として命を取られてしまうこともある。
高齢者は、一般成人と比較すると
・体内に水分を溜める機能が衰え、脱水状態になりやすい。
・寒暖の感覚が鈍くなり、高温多湿の場所にいても違和感を覚えにくい。
・喉の渇きを感じにくく、自発的な水分摂取につながりにくい。
・汗をかく機能が衰え、体温を下げることが難しくなる。
などの特徴があり、体内に熱をため込んでしまい熱中症を発症しやすい。
また、持病を抱えているとその危険度はさらに増してしまう。
さらに、高齢者の場合にはそもそも室温も体温も違和感を覚えていないことが多い
ため、換気しようと窓を開けたり冷房を付けても「寒い」といって閉めたり消した
りしてしまう方が多くいる。
また、喉が渇いていないのに水分摂取を促しても行動につながらないことも多い。
そして、『真水』をむやみに摂取すると体内の塩分濃度が低下してしまい、調整
しようとして水分を体内から排出する作用が働くと脱水状態が加速してしまう。
そのため、周囲の方々の配慮や支援が重要になってくる。
対象となる高齢者の生活習慣や嗜好に合わせて、換気や適切な水分・塩分摂取が
できるように支援する必要がある。
また、冷房機器を利用するとしても、「寒い」と感じにくい除湿機能のみを利用
するなどの工夫も必要となる。
2024.7.16
以前に当ブログで
『体が不自由な人を見ると思わず「あの人かわいそうに。」と言ってしまいそうに
なることは、誰にでも経験があるのではないだろうか。
こうした周囲の目による「体が不自由な人は、不幸でなければならない。」という
固定観念が、「私は体が不自由なので、不幸である。」という自己暗示を生む。
毎年1万人以上の方々が、健康問題を苦に自殺しているという統計が出ている。
だから私は、某局の「24時間テレビ」なる番組が大嫌いである。
世の中の固定観念を増幅させるような番組はやめてもらいたいものだ。』
と申し上げたことがある。
ぼちぼちこの『24時間テレビ』が放送される時期に入ってきて、昨年11月に
系列局の局長が、同番組への寄付金などを着服していたという不祥事を受けて、
打ち切りを求める声が多数あがっているらしい。もともと同番組を毛嫌いしていた
私としては、打ち切りになることは大いに結構なことだと思っている。
同番組のコンセプトを簡単に言えば「かわいそうな人が頑張っている姿を見て皆さ
んで応援しよう」というものである。
身体的不自由があるというだけで「かわいそうな人」とか思っている時点で差別
以外の何物でもない。
人は一人では生きていけない。
日常生活において、自分以外の他者から協力や支援を受けなければ生活を維持する
ことが難しい場面は山のようにある。そのたびに「この人かわいそう」とでもいう
のだろうか。
協力や支援を受ける種類や量が多い人が「かわいそうな人」で、少ない人が「かわ
いそうではない人」とでも分類しているのだろうか。
ただ単に、自分より支援を受けなければならない量が多い人を見て、自分は大丈夫
だと安心したいか優越感に浸りたいだけだろう。
本来は誰もが、必要なタイミングで必要量の支援を受けることができることを当た
り前のこととするべきであろう。にもかかわらず、「かわいそう」などという感情を
差し挟んでおかしな方向へ演出してしまうから、支援を受けることに対する遠慮が
生まれてしまい、必要な支援を受けることができない人が増えてしまう。
それにしても寄付金を着服とは恐れ入った。
これを稀な事例と捉える向きもあるが、案外テレビ局の本質はここにあるように
思えてならない。
なぜならこの業界は、不貞を働いた著名人に対して再起が図れないほど叩きのめす
のに、自分達が人を欺きそして人から搾取する卑劣極まりない犯罪を起こしていて
も、まるで何事もなかったかのように番組を続けようとするのだから。
2024.7.12
以前に当ブログで
「自分以外の人から搾取することでお金持ちになれるのだとしたら、その財の一部
は何らかの形で還元されるべきだろう。そんな志も目的意識もない者たちばかりが
”お金持ち”に成り上がるのだとしたら、世も末だな。」と申し上げた。
世の中には、人を欺き搾取することで一定の財を築く不届き者がいる。
その中で私が最も軽蔑する犯罪は「詐欺」である。
詐欺を働く者は、明確に人を欺くことで利益を得ることを目的としている。
詐欺事件が報道された場合に、「騙された方も悪い」といった論調で語られることを
よく耳にする。しかし、それは被害者に対する誹謗中傷以外の何物でもなく、また
詐欺の実態を全く理解していない無知な者の言葉でしかない。
犯罪者を称賛する気持ちは微塵もないが、詐欺を働く者(特に首謀者)の多くは、
私たちの想像をはるかに超えるほどよく心理学や行動学を学んでいる。そして、
こうした学問に精通している者でも欺くことができる方法論を熟知している。
周囲で「何で詐欺になんて遭うのだろうか。私なら絶対に騙されない。」という人を
見かけると、私は「あなたのような人が一番騙しやすいんですよ。」と声をかけたく
なる。
前回の当ブログで
『「失敗が許されない事柄であるほど、失敗することを前提としなければならない」
これが私の持論である。そうした前提に立って初めて、失敗を限りなくゼロに近づ
けるための準備に取り掛かることができるし、万一失敗した場合にも原因の究明が
しやすい。』と申し上げた。
詐欺の被害を未然に防ぐためには、「詐欺被害に遭うかもしれない」という想定の下
で、必要な準備を進めることのほかない。
この手の犯罪者は、しっかりと準備を整えても、その想定を超えてくるので非常に
厄介である。
最近流行っている詐欺は、「あなたの通帳が不正利用されており、このままではあな
たも共犯者になる」といい、示談金と称して金銭を要求する手口があるそうだ。
これまでの手口も同様であったが、相手をパニック状態に陥れるため、深夜や早朝
に電話をかけてきたり、身近な者に相談する隙を与えないように畳みかけるように
指示するようだ。
結果的に相手の判断能力を低下させて詐欺を成立させるのである。
こうした手口の巧妙さは増していくばかりで、私たちの想定をはるかに超えていく
ため、個人の力では十分に防ぐことは難しい。
2024.7.1
「私失敗しないので」
これは、某テレビドラマで米倉涼子さん扮するスーパードクターの決めゼリフだ。
このテレビドラマは、かなり誇張されたフィクションなので、やや現実とはかけ
離れた点が多く、医療関係者から批判を受けることがある。
しかし私はちょっと違った視点でこのドラマを見て楽しんでいた。
このスーパードクターは、「失敗しない」と自信満々に公言している反面、検査デー
タを入念にチェックし、手技を繰り返し練習し、想定外の状況をできる限り予測し
たうえで最善の準備をして手術に臨んでいる。
これって、「失敗しない」ということを前提としている人の振る舞いだろうか。
むしろ、「失敗する」ことを前提として、失敗を限りなくゼロに近づけるために出来
得る限りの準備をして本番に臨んでいるのではないだろうか。
私は立場上、当方の事業運営にかかる事柄の最終チェックをすることが多くある。
そしてそのチェックをする場合においては、「間違いがある」ということを前提とし
て内容を確認することとしている。
そんな私の姿を見たスタッフから「自分たちの間違い探しをしているみたいで意地
の悪さを感じる」と指摘されたことがある。
チェックをして間違いが見つかった場合に、当該スタッフへどのように伝えて改善
を図るのか、当該スタッフに対する最大限の配慮とリスペクトの欠ける振る舞いを
避けることは大前提となるが、それでも「意地悪」という捉え方は非常に危険で
あり、時として不適切な考え方だと私は思っており、指摘したスタッフにはなぜ
不適切なのかを説明することとしている。
「失敗が許されない事柄であるほど、失敗することを前提としなければならない」
これが私の持論である。そうした前提に立って初めて、失敗を限りなくゼロに近づ
けるための準備に取り掛かることができるし、万一失敗した場合にも原因の究明が
しやすい。
「多分失敗はしないだろう」と高をくくって、十分とは言えない準備で事に臨んだ
結果、失敗してしまった場合には後に残る物はほとんどなく「次回は気を付けます」
という無意味な反省の弁を聞くことになるか、最悪の場合には隠蔽が行われる。
私たちが人間である以上は、「100%失敗しない」ことを実現することは不可能で
ある。そしてそのことに対する理解が深い人ほど失敗する確率が低いのではないか
と思ったりする。
2024.6.28
一般的に人の言動には”目的”がある。
「お金持ちになりたい」と思うのは、「豊かな暮らしがしたいから」とか「老後も
不安なく過ごしたいから」などの目的があり、その目的を実現する”手段”として
財を築くことを考えるのである。
時々、日常会話の中で「社長業は儲かりますか?」とか「どうすればお金持ちに
なれますか?」と聞かれることがある。
そういった質問を受けた場合には、「どうして社長になりたいのか?どうしてお金
持ちになりたいのか?」と問いかけることにしているが、そういった質問をする
方の多くはその問いかけの答えを持ち合わせていない。
つまり、そういった方は「目的意識」を持っていないか、「手段が目的そのもの」と
なっている場合が非常に多いと考えられる。
別段、お金持ちになることが目的でも問題はないし、誰かから責めを負うことでも
ないと思う。ただし、手段が目的化してしまうことには危うさがあると感じる。
なぜなら明確なゴールが見えないからだ。
例えば、「お金持ちになりたい」が目的であった場合に、どこがゴールなのかわから
ないので、どこまでも財を築くことを追求することになる。
始めは真っ当に事業を行って財を築いていったとしても、「もっともっと」という
気持ちが強くなれば、「真っ当な商売だけでは金は稼げない」との思いに行きついて
しまう人も多くいることだろう。その流れから不正や犯罪行為が生まれることは、
決して珍しいことではない。なぜなら、「ルールに縛られず、時に人を欺く」ことに
成功すると財を築く確率はさらに上がるからだ。
私は経済の専門家ではないので、「どうすればお金持ちになれるのか」の問いに対す
る明快な答えは持ち合わせていないが、恐らくは「生産性が高い事業を独占的に
行う」ことができればお金持ちになれる確率は上がるだろうし、「自分で作るのでは
なく人が作った物を利用する」とさらにその確率は上がることだろう。
私が毛嫌いしている『人材派遣・紹介業』はその最たるものだろう。彼らは、自ら
人材を雇用して育成するわけではなく、どこかの企業に属している人材を別の企業
へ”右から左へ移す”ための仲介をしているに過ぎない。
そして時には、「御社が求めている人材を紹介できます」とか言って、ミスマッチな
人材を高額な紹介料で押し付けてくるのである。
こんな事業が大きな財を築けてしまうのだから恐れ入る。
山が高いのは、平地があり谷があるから相対的に高くなる。
お金持ちは、そうではない人たちがいるから相対的に多く財を築いていることに
なる。「自分以外の人から搾取することでお金持ちになれる」のだとしたら、その財
の一部は何らかの形で還元されるべきだろう。
そんな志も目的意識もない者たちばかりが”お金持ち”に成り上がるのだとしたら、
世も末だな。
2024.6.26
私は、経営者としての職務に従事しながら現役のケアマネジャーとしての職務にも
従事している。そのため、ケアマネジャーの有資格者でなければならない。
そしてケアマネジャーの資格は、高齢者介護事業にかかわる資格の中で唯一更新制
が導入されており、私は新型コロナウイルス感染症の特例措置による2年間の更新
延期手続きを行っていたため、今年がその更新のタイミングとなっており、来月
から更新に必要な研修を受講する予定でいる。
しかし、5年毎に更新することが義務付けられていることに疑問を持つ者が多く、
根強い「更新廃止論」が沸き起こっている現状でもある。
私は、数年前まで約10年間、『北海道介護支援専門員研修の企画委員』を委嘱
されていたので、同研修の受講者と主催者側の両方の立場を経験してきた。
同研修の企画委員を担っていたころは、「受講者にとってより有用な研修とするため
にはどのような内容を盛り込んでいくべきか」を主眼に置いて、テキストや研修の
進め方を委員の皆さんと喧々諤々話し合い、時には企画会議が深夜にまで及ぶこと
もあった。こうした経緯を持って開催されている研修が「無駄!」の一言で片づけ
られてしまうことには複雑な思いを持っている。
しかしその一方で受講者の立場で考えた時に、「何でケアマネジャーだけが更新を
必要とする資格なのか」との疑問を払拭することができない。
もしも更新が必要な理由として「常に最新の知識が必要」ということが挙げられる
のなら、高額な受講料や膨大な時間を要する更新研修という形式ではなく、最新の
知識に関する情報提供を受けることができればよいだけの話だろう。
残念ながら、主催者側がどれだけ「受講者にとってより有用な研修を」との思いを
持って開催しても、高齢者介護事業にかかわる資格の中で唯一更新制が導入される
理由に足る説得力を持つ内容とすることは非常に難しい。
さらに、医師が法に基づかない安楽死に手を貸したり、教員による暴力や性的虐待
といった報道を何度も耳にするたびに、こういった資格こそ適性を図るための更新
制を導入したほうが良いのではないかと思ったりする。
他に更新制の導入が検討されなければならない資格が多数あるにも関わらず、それ
らの資格は導入が見送られたり、廃止になる一方でケアマネジャーの更新制だけが
廃止にならないのは、役人の天下り先とその財源の確保にはなくてはならない存在
であるため、それなりの母数はあるが政治的発言力の弱い資格を狙い撃ちして、
「資格更新制」をもっともらしい理由をつけているからだろうと予想される。
この手の話は、きな臭い利権と金の動きが見え隠れする。
そんな裏側が透けて見えるような更新制では、主催者側も受講者も報われない。