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2025.10.22
先月の7日に石破前内閣総理大臣が自由民主党の総裁を辞任すると表明してから
約1か月半の空白期間を経た昨日、高市早苗氏が新内閣総理大臣に任命された。
日本では憲政史上初めての女性首相ということもあって、国内外で大きく取り上げ
られている。
先進国の中でも男女の格差が非常に大きいとされている我が国において、女性が
国政のトップに立ったということは非常にめでたいことだと思う。さらに言えば
政治家一族の出身でもなければ、政治経験だけ長い高齢の男性でもなかったことが
より一層好感が持てる。
そして同氏は、女性が初めて国政のトップに立つことでイメージされがちな、革新
派でもなければ、フェミニズム思想が強いわけでもないので、バランスよく国政の
舵取りを行ってくれるのではないかと期待している。
個人的には、同氏の思想や理念に不安や不満がないわけではないが、新しい船出を
応援したいと思う。
2025.10.21
今週に入って、江別市内の最低気温が一気に下がり、3℃前後の日が続いている。
ついこの間まで真夏のような暑さが続いていたと思ったら、あっという間に冬の
気配を感じるようになった。
巷では、「日本は四季ではなく、二季(夏と冬)になってきている」と言われている
ようだが、まんざらでもないように思える。
これだけ急激に気温差が生じてくると体調管理が大変になる。
そして、気温が下がってくると訪れる北海道の風物詩といえば、”タイヤ交換”だ。
当方には30台の社用車があるため、×4本で120本分のタイヤを交換しなけれ
ばならない。
今年は少し早めにタイヤ交換を始めたほうが良いかもしれないということで、準備
をはじめてみた。


2025.10.16
昨日、当方のご利用者で最高齢だった106歳の方が逝去された。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
一般的には106歳と聞けば、「大往生でしたね」と言う方も多くいるのかもしれな
いが、そのご利用者と20年近いかかわりの中で、大病を患ったり体調を崩して
ご入院されても何事もなかったかのように戻られてきたので、今回も同様に帰って
くると思っていただけに、ただただ残念でならない。
そのご利用者は、私のことを「会社の”おさ”という意味で”長さん”」と呼んでくだ
さっていた。100歳を超えても、遠くからマスク越しの私を見つけるとその呼び
名で声をかけてくださるほど、とてもしっかりした方だった。
私が小規模多機能サービスや看護小規模多機能サービスを立ち上げる際に、事業所
のサービス内容をイメージした方の一人だったこともあり、同サービスをご利用
いただくことができて本当に良かった。
そのご利用者は、毎日晩酌をする習慣があったので、主治医の許可とご家族の協力
をいただいて、こちらで宿泊サービスをご利用される際には自宅から持ち込んだ
ビール(一番小さな缶のヤツ)を嗜んでいらっしゃった。
私がその場に居合わせると「長さんも一緒に飲もう」と誘われることが度々あった
ため、とある宿泊サービスをご利用された日にご家族の承諾を頂いたうえで、事業
所の近所の焼き鳥屋へ一緒に行ったことが今でも思い出される。
焼き鳥を1本、ビールを二口三口飲むと「あ~満足」と言ってその場を楽しんで
いらっしゃった。
そのご利用者は、単に人生の先輩というだけではなく、事業を経営されていた経験
もお持ちだったため、私は会話の中でいろんなことを学ぶ機会を頂いた。
「これからもあなたに叱られないようにご利用者やご家族に満足していただける
ように心を込めて事業を運営して参ります。どうか、空から温かく見守っていて
ください。今まで本当にありがとうございました。」
2025.10.8
先週末に厚生労働省から「全国的にインフルエンザが流行シーズンに入った」との
発表があった。
この発表は、9月22日~9月28日の感染症発生動向調査で、インフルエンザの
定点当たり報告数が流行開始目安となる1を上回った(1.04:定点数/全国に
約3,000か所、報告数/4,030)ことから、今年もインフルエンザが流行
シーズンに入ったとのことだった。 今回の発表は、昨年より1か月近く早い。
ただし、都道府県別に数値を比較すると北海道は0.57とまだ流行開始目安には
至っていない。「だから北海道はまだ大丈夫」というわけではないのだが、沖縄県が
8.98と極端に高かく、南の方の地域や大都市部が比較的高いことから地域格差
がかなり大きい印象にある。
今年は夏がかなり厚かった日が多く続き、室内で冷房を多く利用したことによって
インフルエンザウイルスが好む”乾燥した状態”をつくったことが影響しているとか
大阪万博や沖縄県のテーマパークの開園により外国人が多く日本を訪れたため、
流行が早まったなどと言われているようだ。
先ほど、「北海道は、まだ流行開始目安には至っていない」と申し上げたが、仕事や
旅行で人流が盛んになるこの時期にあっては、北海道の流行時期が昨年より早くな
ることは避けられないだろう。
そのため室内の温度は20℃以上、湿度は50%以上を保つように心がけた方が
よさそうだ。ただし難しいのは、加湿をしすぎるとカビの発生につながるため、
高湿度になりすぎないようにも注意なければならない。
私も今年は例年より早くインフルエンザ予防接種を受けようと考えている。
皆さんも予防と体調管理にはくれぐれもお気をつけ頂きたい。
2025.10.7
先月、大阪市内の特別養護老人ホームで高温の湯を張った浴槽に入居者男性を入れ
て死亡させたとして同ホームの介護福祉士が傷害致死容疑で逮捕されたとの報道が
あった。
事件当時、同容疑者は1人で男性の介助をしていたらしく、同容疑者は現場の施設
の正規職員ではなく、空き時間を使って単発で働けるスポットワークのサービスを
利用していて、事件当日がこの施設の2回目の勤務だったそうだ。
入居者の男性には半身まひがあり、入浴時は専用の椅子に座り、ベルトで体を固定
したまま椅子ごと浴槽に入る方法を取っていたため、自ら浴槽から脱出することは
ほぼ不可能であったことが予想される。
また、現場の浴槽は手動で蛇口をひねり給水する仕組みで、一定の温度を超えない
ようにストッパーが備えられていたが、同容疑者の供述等から大阪府警は同容疑者
が故意に高温に設定したと判断したようだ。
決してあってはならないこのような事件を耳にする機会が、ここのところ増えて
きているような気がする。
勿論、同様の事件が過去にほとんどなかったわけではないのだが、昨今の人材不足
が大きく影響しているように思えてならない。
当方が運営する事業所では、ストレッチャーに固定された状態で特殊浴槽に入る
介助を行う場合には必ず2人のスタッフで行うことになっており、そのうち1人は
体調急変時に備えて看護師を配置することとしている。
こうした状況から考えても、勤務2回目のスポットワークのスタッフ1人に同様の
介助を行わせていたことは、施設側が無謀であったとしかいいようがない。
しかし一方で通所サービスでは、自宅で入浴できていて一人で体を洗うことができ
る軽度の要援護者にも介護スタッフが対応しているという状況もある。
より専門性の高い介助を必要としている人へ多くの専門職を配置したいところでは
あるが人材不足の状況にあって、こうしたことが当たり前に行われているようでは
今回のような事件が今後も起こりうると予想される。
更には今回の事件から、日頃から忌み嫌っている人材紹介やスポットワークを経由
して勤務する人材は信用できないとあらためて思った。所属意識が希薄だと責任感
が自然と薄れていくように思える。そんな人材に人の生活や生命を預ける仕事を
任せるなど私には到底理解できない。
この様な質の低いスタッフしか雇用できていないのは、地域事情を含めて様々で
あるが、その最大の原因は軽度要援護者(要介護1、2)への訪問介護と通所介護
サービスを市町村が運営する地域支援事業に移すことへ反対しているアンポンタン
が介護保険制度改定の大切な話し合いの場に我々の代表として出席しているから
ではないのだろうか。
このアンポンタン達は、限られた人数しかいない専門職を軽度要援護者の対応に
多く配置することを助長した結果、こういった痛ましい事件の発生に間接的ながら
関与しているという自覚はあるのだろうか。
一人で入浴できる人に対して、公的社会保険サービスは必要ないし、専門職を配置
する必要など全くない。
2025.10.6
前回、「はっきり言って、『自立支援のケアを劣化させる』ではなく、初めから自立
支援ケアなど存在していないに等しい」と申し上げた。
それはなぜかと言えば、公的社会保険サービスといえど、介護保険サービスは歴と
した”商売”だからである。ご利用者からの「体を洗って」「風呂に入らせて」との
要望を断れば、他の事業者へ鞍替えされてしまうので、御用聞き状態で上げ膳据え
膳の至れり尽くせりで対応するのである。これは自立支援とは真逆の支援内容だ。
さらにこの流れを助長している悪の根源は、地域包括支援センターの職員と居宅
介護支援事業所のケアマネジャーだ。
彼らは通所介護事業者に対して、「自宅で入浴できているし、一人で体を洗うことも
できるけど、本人が強く希望しているので事業所でも入浴サービスを提供し、希望
があれば体も洗ってあげてほしい」と要求してくるのである。
万が一にも通所介護事業者が「自立支援ケアに反する」といって、その要望を断ろ
うものなら、「あの事業所はこちらの要望を聞かない悪い事業所だ」とのレッテルを
貼り、紹介事業者リストから外すのである。
ご利用者にとって自立した生活とは何かを考え、計画を立てて、支援者に実践して
もらうことの要であるはずの地域包括支援センターの職員と居宅介護支援事業所の
ケアマネジャーがこんな始末なのだから、介護保険サービスに自立支援ケアなど
存在していないと言われても仕方がないだろう。
次期介護保険制度改定の話題にあがっている居宅介護支援費の自己負担金導入に対
して「ご利用者からの要望が断りにくくなる」といって多くの居宅介護支援事業所
のケアマネジャーが導入に反対しているそうであるが、「あんたら今もご利用者から
の要望を鵜吞みにして事業者へ丸投げしてるじゃないか」と思わず突っ込みを入れ
たくなる。
あくまでも私の個人的な考えではあるが、自立支援ケアは医療職を中心とした専門
家チームによる医学的アプローチ型の方法では優位性のある効果は得られない。
もういい加減、心身機能や身体構造に医学的アプローチを施せば、誰でも健康的で
自立した生活を営むことができるという呪縛から解き放たれるべきだ。
そのことは、何度も紹介している飯島勝矢東京大学教授らのフレイル予防(虚弱)
研究の結果を見れば一目瞭然だ。
フレイル予防への優位性は『 地域活動 > 文化的活動 > 運動習慣 』と
なっており、運動習慣の貢献度が一番低い。要するに、「人は人とふれあってこそ、
衰えを予防することができる」また、「役割がある。居場所がある。人の役に立つ」
といった精神活動が重要であるということだろう。
こうした精神活動は、「運動・口腔・栄養」にかかるトレーニングで養われることは
ほぼない。身の回りにある実生活の中にこそ精神活動のきっかけが溢れている。
本気で自立支援ケアを実践するのであれば、多少のハンディキャップを持っていて
も、実生活の中にある精神活動に参加して、それを継続することができるように
社会全体への働きかけを行うことから始めるべきであろう。その延長線上に具体的
な支援内容が生まれてくるはずだ。
ただ残念ながら、福祉の専門職の中にこうした支援内容をコーディネートする役割
を担うだけの知識や技術を持つ者がほとんどいないことが悲劇だ。
こうした現状を理解もせず「自立支援のケアを劣化させる」と暴論を吐くとは、
高齢者介護業界の代表者を名乗る者たちは終わってる。
彼らに任せておくと、バーンアウトする優秀な専門職が続出し、寝たきり高齢者が
急増することだろう。
2025.10.3
厚生労働省は、先月末に開催した「社会保障審議会介護保険部会」において、介護
保険制度の持続可能性をどう確保していくべきかについて、「給付と負担のあり方」
を俎上に載せたそうだ。
そしてこれから、2027年度に控える次期介護保険制度改正に向けた論点とし
て、軽度要援護者(要介護1、2)への訪問介護と通所介護サービスについて、
市町村がそれぞれ運営する地域支援事業に移すことがこれから検討されていく。
予てから財務省は、「介護の人材や財源には限りがある」とか「給付を重度者に重点
化していく必要がある」として、サービスの運営基準の緩和やボランティアの活用
などでコストを下げつつ、地域支援事業への移管を繰り返し訴えてきた。
そのことに対して、高齢者介護業界からは「要介護度1、2の高齢者への適切な
ケアは、在宅生活を継続するために必須で、地域支援事業への移管を実施すれば、
専門性の乏しいサービスで対応することになり、自立支援のケアを劣化させる」と
か「サービスの質・量を確実に低下させ、長年築いてきた在宅ケアは著しく後退し
てしまう」あるいは、「認知症の場合、要介護1、2など身体的に元気な人ほど家族
の負担が重くなるという現実がある。認知症の人や家族のために、訪問介護や通所
介護などの重要なサービスは給付として必ず死守してほしい」といった反対意見が
出ているらしい。
そして、業界の多くの人が上記の反対意見に賛同しており、財務省を敵対視して
いるのだが、客観性や論理性を考えた時に財務省の言うことと業界関係者がいう
ことのどちらが”真っ当”なのだろうか。
前者は、例えるなら「今10人で10の仕事している状態が、8人で12の仕事を
することになるので、1人あたりの負担が増えてしまうから根本的に仕事内容を
見直さないとならない」と言っているのである。
今1人で1の仕事をしている状態から1人で1.5倍の仕事量に増えるし、経済的
負担も同様の状況になるということだ。
後者の高齢者介護業界関係者の意見には、「介護の人材や財源には限りがある」こと
が全く加味されていない。今業界では人手不足を補うために外国人労働者を積極的
に活用する動きが強まっているし、介護の機械化を推し進めようとしている。
それほど深刻な人材不足の状況にあって、高齢者人口が増え続けることを加味する
と、業界関係者は我々現場の者に「より安い給料で今の倍働け!」と言っているに
等しいと言う自覚を持ってそのような暴論を吐いているのだろうかと思う。
業界関係者は大きな声で「サービスの質・量を確実に低下させ、在宅ケアは著しく
後退してしまう」などといって反対しているが、彼らの言うとおりにすると質や量
は益々低下することになり、地域格差も広がる一方となることだろう。
さらに言うと、「地域支援事業への移管を実施すれば、専門性の乏しいサービスで
対応することになり、自立支援のケアを劣化させる」とは、何を根拠としてそのよ
うなことを言っているのだろうか。
大変残念なことではあるが、介護保険サービス事業に従事する専門職の中で自立支
援ケアに精通していて実践できている人はほんの一握りしかいないのが現実だ。
そもそも彼らが得意としていることは、支援が必要な方に対して適切な方法で対処
することであって、自立支援を促すことではない。
それは、どこの通所介護へ行っても、自分で体を洗うことができる人に対して介入
して介助していることからもわかる。しまいには、自宅で一人で入浴できている人
に対して入浴サービスを提供している始末だ。
はっきり言って、「自立支援のケアを劣化させる」ではなく、初めから自立支援ケア
など存在していないに等しいのである。
まだまだ言い足りないことはあるが、少し長くなってきたので続きは次回に持ち
越そうと思う。
2025.10.2
前回、
「回復の見込みがないとされている部位に対して、明確な根拠も適切なアプローチ
もなくリハビリテーションという名の訓練を継続することは、場合によっては苦行
であり拷問に近い行為となり得る。そしてその対象者のメンタルに悪影響を及ぼす
危険性を持っている。」と申しあげたが、「高齢者にリハビリを施すことは無駄だ」
ということではないとも申し添えた。
以前に「フレイル予防を通じた健康長寿のまちづくり」を提唱し、全国各地へ出向
き、取り組みの促しを行っている飯島勝矢東京大学教授らの研究をご紹介した。
同研究では、フレイル(虚弱)予防への優位性は
『 地域活動 > 文化的活動 > 運動習慣 』となっており、運動習慣の貢献
度が一番低いことになる。
一人で運動や体操を黙々とやっている人よりも運動なんか一切しないけど町内会の
行事には必ず参加している人の方が健康でいられるということだ。
要するに、「人は人とふれあってこそ、衰えを予防することができる。」また、
「役割がある。居場所がある。人の役に立つ。」といった精神活動が重要である
ということだろう。
つまり私が言いたいことは、病変に対しては、リハビリテーションを含めた適切な
医学的アプローチを行う必要はあるが、「人が生きること、生活すること」に対して
は、精神的な活動の要素がなければ効果はほとんど期待できないということだ。
人の精神状態はプラスにもマイナスにも作用する。
回復の見込みがない部位やできないことにばかり目を向けて、麻痺をしていない
体の動く部位や低下しつつもできていることに目を向けられずに自分を全否定して
しまう状態に陥ってはいけない。
持っている能力を十分に発揮することができる条件を整えつつ、出来ないことは
道具を駆使したり、生活環境に変化を加えるなどで補う。そして場合によっては
社会の偏見や思い込みを是正することこそが真のリハビリテーションであろう。
そのために私たち相談援助の専門職は、ご利用者やご家族からの「もっとリハビリ
を受けさせてほしい」との要望を聞くだけで留まるのではなく、「どのように生活
していきたいと考えているのか」を丁寧に聞き取っていく必要がある。
2025.10.1
長年この仕事をしていて、ご利用者やご家族からよく受ける要望の中に「もっと
リハビリを受けさせてほしい」という内容がある。
年齢を重ね介護が必要な状態になったとしても、日常生活に必要な動作を確保する
上で、”身体機能の維持や向上”は誰もが願うことである。
そして、その”維持や向上”に最も効果的と考えられている手段が「リハビリ」と
多くの人が認識している。
しかしこの認識は、間違ってはいないが正しくもない。
リハビリとは何かと専門職に問えば、「正式にはリハビリテーションと呼ばれており
ケガ・病気・加齢などで日常生活に制限が生じた方が自分らしい生活を取り戻す
ために行う訓練です」と答える。つまり、ここで言うリハビリテーションとは
対象者に対して訓練を行うというアプローチを前提としている。そして、多くの人
も同様の認識を持っていることだろうと思う。
勿論リハビリテーションには、そのような要素が含まれている。
しかし、WHO(世界保健機関)では、リハビリテーションを「障害者が環境に
適応するための訓練を行うばかりでなく、障害者の社会的統合を促す全体として
環境や社会に手を加えることも目的とする」とも定義している。
つまり、リハビリテーションとは身体機能の維持や向上を目指すばかりではなく、
「低下していくあるいは失われた心身の機能は取り戻すことができない」ことを
前提として、社会生活を不自由なく過ごすことができるように手立てすることも
含まれているということだ。
それでは、「低下していくあるいは失われた心身の機能は取り戻すことができない」
とはどういった状態のことを指すのだろうか。
例えば、脳血管疾患の後遺症によって体の一部が麻痺して、リハビリテーションを
含めた治療を施行したが、それでも麻痺が残って回復の見込みがないと診断された
場合には、発症前と同様に体を動かすことは難しいとなる。
また、明らかな病変ではなく、老化によって身体機能が低下している場合にも、
低下する以前と同様に体を動かすことは難しくなる。
前述のご利用者やご家族からよく受ける「もっとリハビリを受けさせてほしい」と
いう要望の中には、「低下していくあるいは失われた心身の機能は取り戻すことが
できない」という前提条件が含まれていないことがほとんどだ。
そのため、「リハビリを受けたり運動をしていれば、元気だったころに戻ることが
できる」とか「今までの体の状態を維持することができる」と盲信している人が
多くいるので、要望と現実の間でミスマッチが起きてしまうことがしばしばある。
残念ながら、人間は病気やケガを伴わない加齢による心身の機能低下に抗うことは
できず、今の医学をもってしても高齢者の心身機能の維持向上は至難の業である。
恐らくできることは、「機能低下の速度を緩やかにする」ことが限界であろう。
さらに言えば、回復の見込みがないとされている部位に対して、明確な根拠も適切
なアプローチもなくリハビリテーションという名の訓練を継続することは、場合に
よっては苦行であり拷問に近い行為となり得る。そしてその対象者のメンタルに
悪影響を及ぼす危険性を持っている。
それは、「いくらやっても全く良くならない」との思いから「もう何をやってもダメ
だ」との思いに至り、生活意欲が著しく減退し同時に身体機能も急速に低下して
いく危険性のことを指している。
そうなってしまうと、麻痺をしていない体の他の部位や低下しつつも機能している
部位のことも含めて自分を全否定してしまう状態に陥ることが多くある。
ここまで書き並べると「高齢者にリハビリを施すことは無駄だと言うのか」「高齢者
は黙って老いて行けと言うのか」との怒りの声が聞こえてきそうであるが、私が
申し上げたいことはそういうことではない。
少し長くなってしまったので続きは次回に持ち越そう。
2025.9.29
昨年の春から再始動した「大麻地域創造協議会」で毎月話し合いを重ね、ようやく
開始した具体的な活動が昨年8月に開催した『大麻フリマストリート』である。
そして先週の土曜日に第4回目を開催する運びとなった。
今回は晴天に恵まれて、400名を超えるご来場者があって、大いに盛り上がりの
あるイベントとなった。

キッチンカーと多くの出店、そしてメインのフリーマーケットがあって、商店街が
埋め尽くされており、ご来場者も満足していただけたのではないだろうか。

昭和レトロをテーマにした”おもひで祭り”の共催で、けん玉やシャボン玉で遊べる
スペースも設け、小さなお子さんにも楽しんでいただいた。

室内ブースでは、50年以上前の商店街ができた当時の写真展示があったり、それ
より古い時代に使われていた蓄音機や置時計、ちゃぶ台などが並んでおり、懐かし
く見ていらしたご年配の方が印象的だった。

今回も川上江別市副市長(写真右)にもお越しいただいた。
いつも応援してくださって感謝しています。
イベントを盛り上げていただいた関係者の皆さん、そしてご来場いただいた皆さん
本当にありがとうございました。