北海道江別市でケアプランセンター、小規模多機能ホーム、デイサービス、訪問介護施設を運営するみのりの丘グループ

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薄利多売を助長する主張

2025.6.11

毎度のことと半ばあきらめてはいるのだが、

3年に1度見直しが行われる『介護報酬改定』が近づくと、決まって学者や評論家

気取りの連中が好き勝手なことを言ってることが気に障って仕方がない。

 

彼らは、何かことが起きると直接的な死活問題に発展する我々とは違って、現場が

どうなろうと影響を受けない安全な場所から、高みの見物をしながら、我々の味方

あるいは正義の味方面して万人受けしそうな能書きを垂れるのである。

彼らが決まって言うことは、「利用者の負担は増やさず、サービスの量も減らさず、

その上で介護報酬を上げろ」である。

ちょっと見識のある現場の者であれば、こうした主張を続けることで将来の自分達

にどのような悪影響が及ぶのかを知っている。

 

今は、そしてこれからは更に「人も金も足りないんだ」と改めて強く言っておく。

要介護度で単純に区分できる話ではないし誤解を生む危険性もあるが、あえてその

ことを承知の上で申し上げると、現場の者たちは「高い専門性が求められていない

生活ニーズを多く抱える要支援等の軽度者の対応に追われるあまり、より専門性の

高い生活ニーズを抱える重度要介護者の対応に手が回らない」ことを嘆いている。

そして、「専門職ではなくてもできる仕事を多く抱える”何でも屋扱い”をされるので

地位も向上しないし、おのずと所得も上がらない」と嘆くのである。

 

私が毛嫌いする連中の主張は、「人も金も潤沢にある」状況でなければ実現しないし

そういった状況であれば、その手の輩が騒がなくても実現している。さらに言えば

この連中の主張は、薄利多売を助長し我々の嘆きをさらに悪化させる結果を生む。

 

援助の必要性が高い方に手が回らなくなれば、要援護者は「介護保険制度なんて

頼りにならない」と三下り半を突き付けるであろうし、高いスキルを持つ専門職は

「この仕事にやりがいを見出せない」と現場から身を引くことであろう。

そうなると、介護保険制度は、精神論と奉仕の心に訴えかけるだけの陳腐な扱いを

受けて、体裁を保つことも一定の所得を生むこともなくなってしまうだろう。

あえてもう一度言うが「今は、そしてこれからは更に人も金も足りないんだ」

 

高齢者介護の分野で働く人だって生活者だ。

現状を維持したうえで介護報酬を上げたところで、雀の涙ほどの昇給を大きく上回

る納税や社会保険料の負担増で生活が苦しくなる一方だろう。

こうした状況がさらに悪化していけば、「私の方が支援してもらいたい」と言い出す

人が増えても不思議ではない。

 

介護保険制度の重要な理念の一つである『介護予防』って、公費でそして専門職を

潤沢にそろえて行わなければならないことなのだろうか。

例えば、我々が独立開業してからの15年間(新型コロナウイルス感染症の影響で

休眠した期間はあるが)欠かさず続けてきた介護保険外の自主活動には20~30

名の参加者がいらっしゃるのだが、中には要介護認定を受けている方もいるし、

その状態に準ずる方も多くいらっしゃる。そしてその活動は基本的に1、2名の

スタッフで対応している。さらに言えば、その活動は参加者から頂戴している年会

費で賄っている。

 

私の考えとしては、公費で対応すべき生活ニーズへの支援は、より一層絞り込み

公費外の手数を増やしていくべきであろうと思う。

そして、マ〇ケな主張を繰り返す学者や評論家気取りの連中に対しては、「応援して

くれなくていいから邪魔だけはしないで」、「少し口閉じてろ」と言いたい。

労働の対価を直接頂戴する重要性

2025.6.9

飲食業を営んでいてつくづく思ったことは、「お客様からお金を頂戴してサービスや

商品を提供することってなんて難しいことなんだろう」ということである。

 

店舗の衛生管理は当然のこととして、顧客のニーズを把握した上での商品開発から

提供マナー、収支を考えながらの適正価格の設定など、通常業務の延長線上で常に

思考し、学びながら営業を続けていかなければならない。

顧客のニーズを度返しすることはもってのほかだが、顧客の言うがままであっても

上手くはいかない。そこが何より難しい。

 

ケアマネジャーも居宅介護支援費の自己負担金の導入をきっかけにして、ご利用者

からお金を頂戴してサービス提供することがいかなるものかを考えてみても良いの

ではなかと思う。(とは言っても全額負担してもらう訳ではないので飲食店のそれと

は天と地ほどの差はあるが)

そうすると、自分達は今まで無料であることに胡坐をかいて、如何にご利用者の

ニーズに応える努力や提供マナーの研鑽を怠ってきたのかに気が付くだろう。

 

「御用聞きケアマネジャー」と呼ばれる人の多くのように、定期の訪問以外はほと

んど自分のデスクにどっかりと座り、パソコンとにらめっこしているか電話でやり

取りしかしないような仕事であれば、ファストフード店の学生アルバイトで十分に

ことが足りる。それどころか、学生アルバイトであっても接遇マナー教育は十分に

受けているので、ケアマネジャーよりも優れている面もあるかもしれない。

 

それから、集金するなり振込手続きをするなりで、自分の前をお金が通ることを目

の当たりにすることで、麻痺していた自分の仕事にかかわるお金の重要性に気が付

くきっかけにもなるのではないだろう。

公務員の中には、こうした感覚が欠落しているから平気で無駄遣いができる人もい

たりする。

 

たしかに集金は手間がかかる。

しかし、居宅介護支援以外の介護保険サービス事業者もご利用者やご家族も日々

当たり前のこととして行っている経済活動や行為を「面倒だ」の一言で片づけて

その行為を拒むような人たちが、生活者を支援する専門家としてふさわしいのか

はなはだ疑問である。まるで、米は買うものではなく貰う物だと宣う人に農林水産

大臣を任せるようなものだ。

多くの生活者が当たり前のこととしている行為を理解できない(しようとしない)

人が生活者の支援など真面にできるはずもない。

 

さらには、居宅介護支援費の自己負担金導入を猛反発している人達は、自己負担が

無くても保険料や税金という形で間接的に支払っている人達がいることや自事業所

の財務や経理が日々行われていることを理解していないのではないだろうか。

目の前のお金のことを日頃から考えてもいない者が報酬引き上げだの処遇改善だの

と訴えるなんてチャンチャラおかしい。

 

「ご利用者からお金を頂戴してサービスを提供することってなんて難しいことなん

だろう」という前提があるから、支援者として専門家としての感覚が研ぎ澄まされ

るのではないかと思う。

よくわからないものを人に提案する非礼

2025.6.6

ケアマネジャーには、「提案する」という大きな役割がある。

ご利用者やご家族の困りごとを把握して、その困りごとを解決(緩和)するために

必要と考えられる社会資源を紹介し、利用を提案する。提案に対する合意が得られ

れば、利用を調整する。

 

私は、ケアマネジャーには提案する能力=「提案力」が強く求められていると考え

ているのだが、この能力が著しく低いあるいはこの能力を発揮するための適切な

動きを取ることができていないケアマネジャーがあまりにも多いと感じている。

 

例えば、介護保険サービスを提案することとなった場合、数あるサービス事業の中

で、なぜそのサービス種別あるいはサービス事業所を提案することにしたのかを

ご利用者やご家族にわかりやすく説明できている人があまりにも少ない。

 

なぜそうなってしまうのかという一つの理由は、サービス種別やサービス事業所に

対する理解があまりにも薄いからである。その典型例は、多機能サービスの提案や

利用調整ができないケアマネジャーが非常に多いことにある。そういう人たちは、

類似する他の介護保険サービスがある中で、なぜ同サービスが当該ご利用者の困り

ごとにマッチしているのかを説明することができない。つまり、サービス種別や

サービス事業所に対する理解が不十分なため、提案できないし、提案したとしても

説得力がないので利用調整に至らないのである。

 

このような、専門家として適切な提案ができず、ご利用者やご家族の言うままに

社会資源の調整を行う人のことを「御用聞きケアマネジャー」と呼ぶのである。

長年、色んなケアマネジャーを見てきて気が付いたことがある。それは、「御用聞き

ケアマネジャー」と呼ばれる人の多くは、定期のモニタリング訪問以外はほとんど

自分のデスクにどっかりと座り、パソコンとにらめっこしているか電話でやり取り

している。そして、ご利用者の意向を尊重したサービス調整という名の下で、無用

な「お試し利用」を多投するという特徴がある。

どこにどのような社会資源があり、それぞれにどのような特徴や特色があるのかを

自分の目で見て、現場の人から聞き取りをすることをしないので、提案などできる

はずもない。

よく検証もしない、よくわからないものを人に提案することほど非礼はない。

 

2年後に控える『介護報酬改定』の内容一つに居宅介護支援費に自己負担金を導入

することが取り上げられている。それは、これまでは無料で利用することができた

ケアマネジャーによるマネジメント費用が有料になることを意味している。

そして、この導入にあれこれと屁理屈を並べて猛反発しているケアマネジャーが

多くいるが、そのほとんどは「御用聞きケアマネジャー」とその取り巻きだ。

 

そりゃ~反発するだろう。

市場の原理に基づけば、価値の低いものに金銭を支払う人はいない。

つまり、「御用聞きケアマネジャー」に自己負担を支払ってまで対応してもらいたい

と考える人はほとんどいないので、彼らは職を失う危機に迫られることになる。

自分の仕事に自信を持って価値があると言える人は、自己負担の導入に反対など

しない。

 

居宅介護支援費に自己負担金を導入することには、介護保険財政の緊縮という意味

合いもあるが、それ以外にも多くの意義があると考えている。しかし、そうした

意義を差し置いてでも、「御用聞きケアマネジャー」の淘汰に一役買ってくれるので

あれば言うことなしだ。

 

居宅介護支援費の自己負担金導入にあれこれと屁理屈を並べて猛反発している人に

対して言いたいことは山ほどあるのだが、また今度にしよう。

黒子に徹することを覚えたほうがいい

2025.6.5

どうやら医師や看護師を中心とした医療職は、医療の分野だけではなく介護の分野

においても「自分達が中心あるいは頂点にいる」という状況を誇示したいらしい。

 

先日、市内の医療機関からDXを活用したご利用者の情報連携にかかる取組の提案を

受けたのだが、「利便性において双方にメリットがある」とは名ばかりで、こちらに

一方的に負担を強いる内容となっていたことに愕然とした。

 

さらには、システム導入にあたって、我々に対して情報漏洩に関する誓約書の記載

を求めるという内容も含まれていた。

この誓約書は、就職した際に属する企業から求められる類のものだ。当該医療機関

は、法人格の違う我々のことを自分達の付属機関か何かと勘違いしているのではな

いだろうか。

当方は、ご利用者やご家族との間で個人情報使用にかかる同意を書面でいただいて

おり、スタッフとの雇用契約に際して情報漏洩にかかる誓約書を取り交わしている

ため、他所から改めて誓約を求められる筋合いはない。

 

ただ残念ながら、「治療が必要となれば診てもらわなければならないし、ご利用者を

紹介してもらうこともあるから」という打算から、こうした上から目線の無礼で

不平等な契約を承諾する事業者もいることだろう。

他の事業者がどのような契約を結ぶのかは、こちらの知るところではないのだが、

高齢者介護の分野において、医師や看護師を中心とした医療職が中心あるいは頂点

にいる状況は非常に危険であると考えている。

 

彼らの主な目的が「病気を診る」ことに対して、我々の主な目的は「生活を支える」

ことにある。「生活を支える」目的を達成する上で、「病気を診る」という手段が

必要となることは十分にあり得るのだが、あくまでも手段の一つにしか過ぎない。

ところが、彼らの手にかかると本来の目的である「生活を支える」ことがどこかへ

行ってしまい、「病気を診る」ことそのものが目的化してしまう。

その結果、ご利用者がこれまでの人生で大切にしてきた思考や習慣を度返しして、

苦行とも思える疾病管理やゴールの無いリハビリを延々と受け続けることを強要

されてしまう。

 

人は誰しも加齢とともに衰えが生じてくるが、こうした状況に対して医療は万能で

はない。また、その人らしい生活を支える上で医療が最優先事項にはならないこと

も決して少なくない。

 

ところが、彼らを中心に据えると、介護予防や科学的介護、日本慢性期医療協会が

提唱する医療介護一体型のケアプランニングという何とも貧相な発想に行き着くの

である。

その人の人生における主役は当然その人自身である。我々はその人生や生活を支え

る裏方でしかない。彼らは身の丈に合った謙虚さと黒子に徹するということを少し

覚えたほうがいい。

「もうギブアップ」と言われる前に

2025.6.4

2年後に控える『介護報酬改定』に向けて、関係各種団体が介護報酬の引き上げや

処遇改善を繰り返し訴えている。

以前も申し上げたが、その訴えは十分に理解できる。

しかし一方で、そのように訴えている人達は、「介護報酬引き上げ」が何を意味する

のかを深く考えてそう訴えているのだろうかという疑問もわいてくる。

 

介護報酬の財源の多くを支えている給与所得者は長年、物価の高騰に見合う昇給が

得られずに生活の切り詰めを余儀なくされている。

そして、要援護者の多くを占める高齢者人口は増え続けているので、現状の介護保

険サービスを維持するだけで介護報酬財源はおのずと増額が必要となる。

さらには、給与所得者である生産年齢人口は減り続けているため、現状を維持する

だけで、一人当たりの負担は増額されていく。

そこへ来て、「介護報酬引き上げ」が実行されてしまえば、介護報酬財源も一人当た

りの負担額も大幅に増額されることになる。

 

ただでさえ生活の切り詰めを余儀なくされているにも関わらず、さらに大幅な負担

を強いられたとしたら、給与所得者の中で「もうギブアップ」という人が続出して

も不思議ではないし、これから就職する世代の中には「自分の人生を犠牲にして

まで労働することに疑問を感じる」という人が出てきても不思議ではないように

思う。

 

その結果、「介護報酬引き上げ」を訴える関係各種団体は多くの国民の反感を買い、

介護保険制度が多くの国民から見放される日が来るのではないかと恐れている。

今の我が国の経済状況や人口構造から考えると、「介護報酬引き上げ」は自殺行為に

等しいのではないだろうか。

 

介護保険制度の将来を本気で考えているのであれば、「脱公的社会保険制度」を考え

るべきだろう。当ブログで繰り返し訴えていることではあるが、「何でもかんでも

介護保険」や「何でも屋」はもう卒業した方がいい。

極論すると、「公的社会保険制度は、究極に困っている人達だけが利用できる制度」

くらいの感覚を持っていた方がいいと思う。

 

そしてそのためには、公的社会保険制度の対象から外れる人の生活ニーズを支える

受け皿づくりと物価の高騰に見合う昇給が得られずにいる介護関連事業者の所得を

増やすための規制緩和に全力を注いだ方がいい。

私たちは、独立開業してからの15年、もっと言えばその以前からインフォーマル

な社会資源づくりに力を注いできた。しかし残念ながら、こうした活動は同業者等

からは特異な例として取り上げられることが多くあった。

 

こうした活動が当たり前のこととして多くの地域で取り組まれ、定着することに

よって、公的社会保険制度がより洗練されていくのではないかと思うし、私たちも

「何でも屋」ではなく専門職としての地位を築き所得向上を目指すことができるの

ではないかと考えている。

第3回 大麻フリマストリート

2025.6.3

昨年の春から再始動した「大麻地域創造協議会」で毎月話し合いを重ね、ようやく

開始した具体的な活動が昨年8月に開催した『大麻フリマストリート』である。

もちろん、この活動の目的は「大麻がより住みよい町になるための活動」という

ことにあるのだが、商店街を元気づけたいとの思いもある。

 

そして、今月21日(土)に『第3回大麻フリマストリート』を開催する運びと

なった。

 

今回は、開催に先立って前回の倍の企業からご協賛いただいた。

この場をお借りして、ご協賛いただいた企業様に御礼申し上げます。

また、当ブログでもご紹介した5月にオープンした『駅馬車』さんもこのイベント

に参加していただけることになった。

 

こうした地道な活動が、周辺地域や商店街を元気にするきっかけになればと切に

願っている。

皆様にもぜひ立ち寄っていただきたい。

地域密着型通所介護の行方

2025.6.2

早いもので今年の半分が終わった。

ちょうど昨年度の決算を終えて、今年の半年間の推移と合わせて今後の事業方針を

立てているところである。昨年度、グループ全体としてはおかげさまで順調に事業

運営を行うことができた。

しかしその中でも、地域密着型通所介護の事業運営が順調とは言えない状況がここ

数年続いている。

 

地域密着型通所介護は、2016年(平成28年)の介護保険制度改定時に新たに

創設された介護保険サービスで、元来の通所介護サービスを利用定員で区分けして

規模の小さな事業所(定員18名以下)をそのように位置づけて、それより大きな

規模を持つ事業所は今までと同じ通所介護サービスとした。

 

規模の小さい地域密着型通所介護は、その定員の少なさから一人一人に手厚くサー

ビス提供ができることや小回りが利くことから、地域社会と密接にかかわることが

できることが特徴であり、そのため事業所が所在する保険者に住民票を持つ方に

利用が限られている。

 

当方は、2016年以前から比較的規模の小さな通所介護サービスを運営していた

ため、同年の改定時には地域密着型通所介護への変更を選択したのだが、その当時

から将来の見通しが明るくない事業であると認識していた。なぜなら、人もお金も

足りなくなってくる世の中において、人とお金の無駄遣いともいえる非効率の象徴

である「小さな規模で手厚く」は、そう長く続けられないだろうと考えていたから

である。

 

案の定、介護報酬改定のたびに”狙い撃ち”されるかの如く、同事業区分の不遇が

連発された。ではなぜ予めわかっていながら同事業区分を選択し現在も運営してい

るのかと言えば、どこの会社でも採算性の高い部門とそうではない部門とがあった

りする。そしてその両方がかみ合うことによって会社全体の事業運営が円滑に進む

ということがある。当方における地域密着型通所介護事業所はそういった位置づけ

にあった。

 

しかしそれもボチボチ限界にきている。

そろそろ、以前から考えていた計画を実行に移す時が来たのかもしれない。

思い切った基準の緩和

2025.5.28

先日の財務省の財政制度等審議会で政府へ提出された提言で、介護分野について

「居宅介護支援のケアマネジメントにも利用者負担を導入すべき、2割負担の対象

者の範囲を早急に拡大すべき」、「要介護1,2の訪問介護・通所介護を市町村の事

業へ移管するべき」、「今後の生産年齢人口の減少を踏まえ、介護分野にばかり人材

が集中するのは適切でない。処遇改善のみで新たな人材を求めるのではなく、生産

性の向上や職場環境の整備などに取り組む事業者が、選ばれていくことが重要」と

の見解が示された。

 

これらの提言は、私も当ブログでその必要性を繰り返し訴えてきた。

別段、私は財務省の回し者でも何でもないが、非現実的な夢物語を排除して現状を

見ていれば誰もがこのような結論になるのではないかと考えている。

 

しかし同時に、たとえ公的制度の対象から外れたとしても生活ニーズが変わるわけ

ではないので、そのような方々へどのようにして支援の手を届けるのかを考えなけ

ればならないし、事業者側の自助努力だけで達成するわけではない生産性の向上や

職場環境の整備をどのようにして実現するのかも考えなければならない。

 

役割が違うと言われてしまえばそれまでだが、財務省の提言はここどまりが限界と

いったところだろう。しかし、現場にいる我々としては代替え案も具体的な方策も

なくこの提言のみを受け入れることは難しい。

 

利用者の負担割合を増やすことについては、「支払い能力がある人にはそれなりに

払ってもらった方が良い」とは思うのだが、同時に貧困救済も合わせて検討しなけ

ればならない。その場合には対象は高齢者に限ったことではないだろう。

 

軽度要援護者を市町村へ移管することについては、「そのとおり」とは思うのだが、

移管された先の介護サービスの運営基準や人員基準が今までと変わらない内容で

あれば、財源の抑制にも人材不足の対策にもならない。

思い切った基準の緩和を考える必要があるだろう。

 

高齢者介護分野の人材確保については、「介護報酬による基本単位や加算の増額ばか

りに頼らず自助努力をもっと行うべき」とは思うのだが、介護報酬以外の財源が

ほとんどない中では収入の安定化は測れないし、自助努力と言っても特に生産性の

向上は一企業一事業所の努力だけではどうすこともできないことが多すぎる。

これについてもやはり、思い切った基準の緩和を考える必要があるだろう。

 

大事な部分の手綱を緩めろとは言わないが、コントロールしようとするあまりに

規制でがんじがらめにすると改善どころか悪化の一途を辿ることになる。

 

思考停止状態を解除

2025.5.27

先週開催された、今後の介護保険制度の改正を話し合う審議会では人材確保という

最大の課題を取り上げ、”賃上げ”の要望が関係団体から挙がっていた。

この手の話し合いは、ここ十数年毎度のこととなっているわけだが、私としては

公的価格である介護報酬の設定にはもう限界があるのではないかと感じている。

 

物価の高騰や他業種の賃上げに遅れをとっていることによる人材流出を防ぐことが

急務であることから、介護報酬の引き上げを要望することに間違いはないのだが、

社会保険の財源となる生産年齢人口が減り続け、要援護者となる高齢者が増え続け

ている昨今、介護報酬引き上げには限界があるだろう。(もう既に限界に達している

かもしれない)

 

明日の人材、収入を思うと「介護報酬引き上げ」を連呼する気持ちは理解できない

わけではないが、将来の高齢者介護業界を思うとそれは”馬鹿の一つ覚え”にしかな

らないように思える。

 

前回のブログでも訴えたが、高齢者介護業界は国の鎖国政策と補助金地獄によって

主体性を失い、従うのみの状況が長く続いた結果、思考停止してしまっている。

そのため、口から出るのは「介護報酬引き上げ」しかなくなってきている。

そこには創意工夫や新たな発見は生まれず、競争力も生存能力も地に落ちる。

この言葉を連呼するほどに、賃上げに限らず他業種に遅れをとり続けるのではない

だろうか。

 

これから先、強く訴えるべきことは「公的な介護報酬以外の収入源の確保」であり

そのために必要な規制の緩和ではなかろうか。

事実、我々は日常的に介護報酬外の業務を行っている。そしてその業務は”おもてな

し”や”心遣い”の名の下で、無償でサービス提供を強いられている。

こうした行為を報酬に変えることは至極健全であり、当たり前のことである。

高齢者介護業界の関係者は思考停止状態を解除して、”馬鹿の一つ覚え”を少しトーン

ダウンさせてでも”必要な規制の緩和”を強く訴えたほうが良いと思う。

やがては衰退し、最悪絶滅する

2025.5.26

先日、新農林水産大臣が備蓄米を大量に市場へ放出して、お米の店頭価格を大幅に

引き下げる方針を表明したそうだ。

一消費者として、また給食事業を営む経営者としては大変ありがたいことだ。

 

ただし、こうした政策は急場しのぎでしかなく、何一つ根本的な解決にはなって

いないので、今回のようなことが今後も繰り返し起きることは容易に想像できる。

ではなぜ、お米の値段が急激に上がったのだろうか。

それは一言で言えば、「国が米の生産や流通をコントロールしようとしすぎたツケ」

が回ったということだろう。

そして、コントロールしようとしたのは、米そのものだけではなく生産者の思考も

同時にコントロールしたため、米の生産や流通は取り返しのつかないところまで

行きついてしまうかもしれない。

 

巷では「減反政策がこうした事態を引き起こした」といった内容が多く報じられて

いるが、減反政策も国が米の生産や流通をコントロールした経過の一つと言える。

国はこれまで「米と生産者を守る」という詭弁のもと、長年に渡り米の”鎖国政策”

を続けてきた。

 

しかし、95%の米農家が赤字という状況から見てもわかる通り、生産者は守られ

てはいない。それどころか、鎖国政策と補助金地獄によって生産者の競争力や思考

力を奪いつつ、身動きが取れない状況に追いやったのである。

この鎖国政策は、海外に対するものばかりではなく、国内の他業種が入るスキを

与えず村社会を長年形成してきた。

さらに、「高品質の維持」の名の下で非効率的な作業を強いておきながら、その一方

で生産性の向上という全く矛盾した要求を突き付けてくる。

この構図、まるで私たち高齢者介護の業界とそっくりだ。

 

「米農家を継承する人も新しく始めようとする人もいなく、人手不足だ」と多くの

人は言うが、私から言わせれば「そりゃそうだろう」である。

国は、「赤字になっても補助金で面倒を見てやるから、深く考えることをやめて、

文句を言わず黙って米を作り続けろ」と言ってきた。

そんな業種に「魅力を感じてほしい」という方が無理がある。

今ご苦労されている米農家さんには大変失礼な言い方であることは重々承知してい

るが、私たち高齢者介護の業界も全く同じような構図と状況にあるため、あえて

このように言わせていただいた。

 

主体性を奪われ、従うのみの状況が長く続けば、人は考えることをやめてしまう。

そこには創意工夫や新たな発見は生まれず、競争力も生存能力も地に落ちる。

やがてその業種は衰退し、最悪絶滅することになる。

 

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