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2023.6.16
本日、念願がかなって約3年間活動を休止していた『自主事業』を再開することが
できた。
『自主事業』とは、当ブログで何度も取り上げている介護保険外の当方独自の地域
交流活動で60名以上の会員で形成されている。
自主事業に引き続き開催した食事会も含めて何名かの会員の皆さんにお越しいただ
き、とても盛り上がった。皆さんありがとうございました!


当方スタッフが心を込めて作った食事もとても美味しかった!
食事会の後のNPO法人年次総会も無事執り行うことができた。

何か、「ようやくいろいろなことが始められる」と感じられる一時だった。
皆さん、本当にありがとうございました。
やりますよ~
2023.6.15
介護支援専門員不足が深刻化してきている。
全国社会福祉協議会が公表した調査結果によると『介護支援専門員の有効求人倍率
は昨年12月の時点で4.04倍』だそうである。
この先、高齢者人口が増え続け、生産年齢人口が減る続ける状況からこの求人倍率
が上昇し続けることは火を見るよりも明らかであろう。
こうした中で、関東の10都県の知事からなる「関東地方知事会」が、介護支援専
門員実務研修受講試験の受験資格を緩和するよう国に求める方針を固めたそうだ。
その提案内容とは、5年前の介護保険法改定によって除外された『実務経験のある
介護福祉士以外の介護職員』を受験資格要件に復活させることである。
たしかに、この要件を外したことで介護支援専門員実務研修受講試験の受験者が
激減した。そのため、頭数を確保するという観点からこのような提案を出すことは
一定の合理性はある。
しかし、私はこの提案には大反対である。
介護支援専門員に求められる技術は、『介護技術』ではない。何年もかけて介護の
技術を磨いたとしても、介護支援専門員に求められる対人援助技術やマネージメン
ト能力が磨かれるわけではない。
残念ながら『介護福祉士以外の介護職員』は、主体的に学ぶ機会を作らない限り、
職に就く過程で介護支援専門員に求められる知識や技術を習得する機会がない。
介護支援専門員に求められる対人援助技術やマネージメント能力は、介護支援専門
員実務研修で数日教わった程度で習得できるものではない。それでも、一度資格を
取得すると「一人前の専門職」として扱われることになり、足りない知識や技術は
我流で磨いていくしか術がない。
こんな個人の”主体性任せ”がスタンダードな資格など聞いたことがない。
そんな流れで資格を取得して現場に放り投げられてしまう介護支援専門員が気の毒
でならないし、なによりそんな人に担当されてしまうご利用者は大迷惑だろう。
国が、介護支援専門員を”安かろう悪かろう”と位置付けているのであれば、「関東
地方知事会」の提案通りに進めていけばよいのかもしれないが、本来そうではない
はずだ。
介護支援専門員不足の対策として今一番求められていることは、専門性が高い業務
に相応しい介護報酬を確保したうえで、軽度要援護者を対象者から外すして総数を
減らすことではないだろうか。
2023.6.9
政府の規制改革推進会議で、介護サービス事業者に配置義務がある管理者や専門職
の既定ルールの見直しが話し合われている。
以前に全国老人福祉施設協議会から、「管理者に求められる機能は、運営管理なの
か経営管理なのかによって異なる。小規模事業所の管理者が担っているのは、その
ほとんどが運営管理で、経営的視点を持ち合わせている人材は少なく、人事・会
計・契約などは本部が行っている場合が多い」
との指摘があった通り、当方が運営する6つのサービス事業所の管理者も人事や
会計に携わってはいない。そして、中には管理者を一本化したほうが円滑に事業を
運営することができるサービス事業所もある。
現状の介護保険制度では、同一敷地内で一体的に運営されていない複数のサービス
事業所の管理者を兼務することはできない。たとえ合理性があったとしてもだ。
人材不足が叫ばれるようになって初めてこうしたルールの見直しが行われることは
非常に情けないことではあるが、それでも必要な見直しは適宜進めてほしい。
さらに現状の介護保険制度では、基本報酬に加算される報酬の算定要件として医療
の専門職を常勤専従で配置することが義務づけされているものがある。
しかし、それらの加算の意味することを鑑みても、常勤専従でなければならない
理由が全く見当たらない。
そもそも、日常生活を支援する高齢者介護の現場において、一つのことだけにしか
対応しないなどということはあり得ない。
もちろん分業を否定しているわけではない。しかし、分業された役割を中心に業務
が組み立てられることはあっても、それ以外のことは一切かかわらないなどという
ことはあり得ない。
介護保険制度は学校の校則と同様に、現状に即していない又は全く持って意味不明
というルールがあまりにも多すぎる。
こうした無用なルールによって生み出される”無駄”は、人材不足に喘いでいる介護
現場を大いに苦しめている。
今行われている既定ルールの見直しの話し合いが真っ当な方向に進むことを心の底
から願っている。
2023.6.8
国が公表した今年3月までの意向調査の結果によると、
厚生労働省が来年度の介護報酬改定で創設することを検討している、訪問と通所を
組み合わせた新しい複合型サービス への参入を既存の事業所の多くが前向きに検討
する意思を持っているとのことだった。
新しい複合型サービスは、通所介護の事業所が利用者に必要な訪問サービスを提供
できるようにすることで、現場がより柔軟に支援を展開できる環境を作る狙いがあ
り、人材不足が深刻化する高齢者介護業界にとっては切り札となり得る存在と期待
されている。
長年、多機能サービスを運営していて思うことは、単独の通所サービスや訪問サー
ビスは事業としての効率が悪く、ご利用する方にとっても使い勝手が決して良いと
は言えないものだということである。
例えば、通所サービス、訪問サービスに各3名のスタッフが配置されていた場合、
それぞれのサービス事業所は3名で対応できるご利用者数が限界となる。
もしも4名でなければ対応できないご利用者のご要望を受けた時には、一部対応を
お断りせざるを得ない。逆に、一時的に2名で対応可能なご利用者数に減ったから
といってスタッフ1名を減らすということにはならない。
その結果として、ご利用者は希望通りの支援を受けることに制限がかけられ、我慢
を強いられることにつながってしまう。
訪問と通所を組み合わせた複合型サービスに6名のスタッフが配置されていた場合
状況によって、通所サービスに4名、訪問サービスに2名といった具合にスタッフ
を柔軟に配置して対応することが可能となり、ご利用者のご要望をお断りすること
もスタッフが余ってしまうことも減らすことができる。
当方が運営する多機能サービスのご利用者から、「今日は通いではなくて訪問で
対応してほしい」、「しばらくは通い(訪問)のみで対応してほしい」といった
具合に、その日の体調や介護環境の変化などによって対応の変更を求められること
は日常的におきていて決して珍しいことではない。
こういったことから考えると、単独の通所サービスや訪問サービスは、限りある
人材を有効に活用すると言った点においては、対応力が脆弱と言わざるを得ない。
援助を必要としている高齢者を取り巻く状況は、常に一定ということはほぼなく、
不安定で変化に富んでいる。そのため、対応する我々には即応性と柔軟性が求め
られる。
まして、限りある人材を駆使したうえで、そういった対応が求められるとなると、
複合型サービスのような形態をとらなければ相当難しい。
既存の事業所の多くはそのことを承知しているため、複合型サービスへの参入は
厚生労働省が提示する条件にもよるが、既定路線と考えていることだろう。
経験上、単独の介護サービスを複合型サービスに切り替えることは容易いことでは
なくクリアしなければならない難問がいくつかあると考えている。
だからこそ、実際に参入するかどうかは別としても、早い段階から検討を重ねてい
かなければならないし、準備期間もそれなりに必要になってくる。
更なる柔軟性が求められている状況にあって、新しい取り組みについて検討する
ことは避けて通ることはできない必須事項であろう。
そうすると、複合型サービス への参入を全く検討していない既存の事業所って、
何を考えているのだろう。ひょっとして何も考えていないのだろうか。
あくまでも個人的な見解ではあるが、将来単独の通所サービスや訪問サービスは
社会保険サービスとしてではなく、インフォーマルなサービスとして存在するので
はないかと思っている。
そのようになってから検討を始めたのでは”時すでに遅し”となってしまう。
2023.6.7
誰も自分が不利益になることを好んで望む人はいない。
それは、個人という括りでも、ある一定の集団という括りでも同様だろう。
たとえば、世代という括り。
未成年世代、結婚出産世代、子育て世代、子育てを終えた世代、年金受給世代など
といった括りがある。
今話題となっている「異次元の少子化対策」の対象となるのは、前述前段の3世代
となるわけだが、後段2世代の中には「自分達には関係ない。それどころか、その
対策を講じることによって自分たちに不利益が生じることは許せない。」とおっし
ゃる方がいたりする。
私も「子育てを終えた世代」に属するが、その考え方には承服できないし、あえて
打算的に自分の利益を考えた場合にも間違った考え方だといえる。
私と同世代の方々は、約20年後に年金を受給することになる。
そして、自分達が受け取る年金の財源は、20年後に納められた保険料となる。
これから生まれてくる子供の数が少なければ、20年後に自分達が受け取る年金の
財源も少なくなる。そうすると当然自分が受け取る年金額も少なくなる。
つまり、「自分達に関係ないどころか大いに関係がある」ということである。
同世代で「異次元の少子化対策」に「自分達には関係ない」といって反対している
人を見ると「なんと浅はかな事か」と思ってしまう。
それでは、今既に年金を受給している世代はどうなのだろうか。
その方々に、「自分達には関係ないし、対策を講じることによって自分たちに
不利益が生じるし、20年後なんて生きているかどうかもわからない」と言われて
しまうと返す言葉がない。
たしかに、目の前の生活のことを考えるだけで精一杯だったり、先々のことを思う
と様々な不安が生じることも理解できる。
ただし、年金支給額の見直しが話題にあがるたびに「年寄りは早く死ねというのか
、高齢者軽視だ」というのは言い過ぎだろう。
今は、高齢者厚遇で若年層冷遇が、極端なほど色濃く出ている政策が長年継続され
ている。今の状況を暴言として表現すると「子供なんて生まれてくるなというのか
、子供軽視だ」という方がふさわしい。
ただ残念ながら、生まれてくる前なので、暴言であっても発することができない。
だからこそ、我々が考えて行動する必要がある。
2023.6.6
ここのところ、少しずつではあるがコロナ禍以前の様々な活動が再開されている。
こうした状況の中で、地域の皆様から再開のご要望を沢山受けている『自主事業』
をどのタイミングで開始しようかと内部で話し合いを重ね、6月16日から再開
することが決まった。
『自主事業』とは、当ブログで何度も取り上げている介護保険外の当方独自の地域
交流活動で60名以上の会員で形成されている。
ただ、約3年間活動を休止していいたことから、担当するスタッフも活動に参加し
てくださっていた地域の皆さんもその取り巻く状況が大きく変わっている方が少な
くないため、今までと全く同じ内容を即座に再開することが難しい。
そこで手始めとして、同月16日のNPO法人年次総会の日程に合わせて、多くの
会員の皆さんにお越しいただき、ご意向を伺った上でできることから再開してい
こうということになった。
この日は、年次総会に先駆けて「食事会」も開催しようと計画している。
久しぶりにお会いする会員の方々も多くいらっしゃることと、今からとても楽しみ
にしている。
会員の皆さん、
お越しいただくことを心待ちにしております。
2023.6.2
日々の暮らしの中でも、仕事をしていても、
ある程度年齢を重ねていくと、自分の”生き方”について考えることが増えてくる。
例えば、仕事を続けていく中で「私は生涯、現場の一職人であり続けたい」と考え
る方もいるだろうし、「ある程度の年齢になったら、管理部門に回って、後進者を
育成したい」と考える人もいることだろう。
別段、どちらの考え方が正しいかどうかを問いたいわけではない。ただし、職人で
あり続けることは、自分の存在意義を見出しやすく、目に見える形で成果を実感し
やすように思うので、「生涯現場!」との考えは十分に理解できる。
私は数年前までは、「一職人でありつつも、必要な管理を行いながら同時に後進者
を育成できればいい」などと考えていた。
ただ、年齢を重ね、管理や育成といった役割が増えてくるにしたがって、一職人と
しての役割を担うことが難しくなってきた。
管理や育成といった役割は、第三者からその内容や成果が見えにくい傾向にある
ため、正当に評価されないことや誤解されることが多くあるように思う。
独立する直前にお会いした経営者の先輩に「経営者は孤独な稼業だよ」と教えられ
たことをフッと思い出した。
そう感じるようになってから、自分が積極的にお付き合いする方が、同世代の人
から世代を問わず経営に携わっている人へと変わってきたことに気が付いた。
人の上に立つ者や先頭を走る者は、矢面に立つことが多く、批判に晒されやすい。
そのうえ正当な評価が得られにくい。
意識して自分の拠り所を探していたわけではないのだが、自然とそういった人たち
との付き合いが増えていった。
だからといって、今の境遇を悲観しているわけでもないし、正当な評価が得られな
いこともある程度はやむを得ないと納得している。また、やりがいのようなものや
楽しみを感じることも多い。
あとは、ただひたすらに自分の役割を全うするのみである。
2023.5.29
『今月26日に開催された政府の諮問会議で、加藤勝信厚生労働相は診療報酬や介護報酬の大幅な引き上げが必要との認識を示した。「足元で物価が大きく上昇しており、(医療機関や介護事業所などは)公的価格のもとで経営状況の悪化につながっている。賃上げも他分野に比べて進まず、人材確保の観点からも報酬の大幅な増額が必要」と言明した。』
との報道を見て思うこと。
当ブログで何度もお伝えしていることではあるが、
例外はあるものの一般的なお店は、自分達で売値を決めることができる。
例えば飲食店では「水道光熱費や食材料費が高騰してきていて、価格に転嫁しなけ
ればお店がつぶれてしまうので商品の値上げを行う」といったことがある。
勿論、値上げしたによる客離れで、より経営が苦しくなるというリスクはある。
どういった方法を選択したとしてもリスクは伴うものではあるが、自分達できめた
ことなら、望まない結果になったとしても「仕方がない」と思えるかもしれない。
一方で、社会保険制度下における医療や介護サービス費は、国が報酬額を決める。
公的サービスなのだから、国が金額を決めることは当たり前のことである。そこで
上記にあるような話し合いが国主導で行われることになる。
しかし、「そういうわけだから医療・介護報酬額を値上げしましょう」と簡単に話
が進むわけではない。国家予算を配分するわけだから、他の分野に係る費用との
バランスを考えなければならないし、そもそも財源をどうするのかを考えずに値上
げなどできるわけがない。
我々介護サービス事業者は、価格を自分たちで決めることができない中で、事業の
運営に必要な諸経費が高騰し続けている状況にあって、非常に苦しい立場にある。
加えて、人材確保に必要な諸経費も高騰を続けているため、切り詰める場所が見当
たらず、企業努力も限界に達しつつある。こういった状況にあっては、望まない
結果になったとするとさすがに「仕方がない」と思えない。
だから、介護サービス事業を運営する経営者としては、「介護報酬を引き上げて
くれ~」と叫ぶことが一般的だろう。
私も同様に叫びたい気持ちはあるが、一方で無計画に増え続けた介護サービス種別
や事業所数が淘汰される良いきっかけかもしれないという思いもある。
介護サービスの中には、公的サービスとしての一定の役割を終えた介護予防施策や
サービス種別がいくつかある。
いたずらに国民の負担を増やすばかりではなく、切り詰めるところはしっかりと
行った上で、必要不可避な介護サービスの介護報酬引き上げを話し合ってもらい
たいものだ。
2023.5.24
ここのところ、全国各地で震度4以上の大きな揺れを感じる地震が起きている。
”地震大国”といわれる日本に住んでいる以上は、ある程度やむを得ないことと
思って生活している方も多くいらっしゃるのかもしれない。
それでも、時に甚大な被害を受けることもあるし、命を脅かされることも少なく
ないとあっては、悠長に構えてはいられない。
それにしても、防災○○研究所などの専門家が作成する「地震発生予測地図」が
ことごとく外れていることが大いに気になる。
天気予報が外れても、「やれやれ外れたか」程度のことで済むのかもしれないが
地震に関してはその程度では済まない。
発生確率が高いと予想される場所に比較すると、低いと予想されている場所の地震
対策は無防備の状態になりやすい。また、そういった場所に住んでいる方の中には
「発生する確率がかなり低いといわれている場所だから」という予想を信じて生活
している方も少なからずいると思う。そうすると、地震対策への意識も低くなる
ことも必然となる。
「この地域は治安がよく、事件の発生率が低いので、とても住みやすいですよ」と
案内された場所が、実は犯罪が多発する場所だったとしたどう思うだろう。
犯罪が多発することが予めわかっていたら、もっとセキュリティーを高めることも
あっただろうし、そもそもその地域に居住しようと思わなかったかもしれない。
今回発生している地震は、「発生する確率がかなり低い」と予想されている場所
ばかりで起きている。改めて、”地震発生予想地図”なるものがいい加減な内容と
なっていることを実感する。
それでも国やマスコミは、この予想地図をまことしやかな情報として垂れ流し続け
ている。地震の専門家とやらも国もマスコミも、誤情報を垂れ流しし続けている罪
は決して軽くはない。
でもこれって何だか、新型コロナウイルス感染症のときと同じ状況のように思う。
感染症の専門家も国もマスコミも、誤情報を垂れ流しし続け、今は大した後始末も
せずに時が過ぎることをジッと待っている。
「一体何の専門家なのだろうか」と思われる謎の存在があまりにも多すぎるように
感じる。それでも肩書に「○○の専門家」と付くと、根拠はなくても何となく信頼
してしまう国民性って、何なのだろう。
そんなインチキ専門家のいうことを信じて自分の身を危険にさらすことほど愚かな
ことはないのではないかと思ってしまう。
たとえ長年その道の研究を続けている人物であったとしても、客観的な根拠を示せ
ないような人のいうことをもろ手を挙げて信用するべきではないだろう。
2023.5.22
『加藤勝信厚生労働相は19日の衆議院・厚生労働委員会で、医療・介護分野の人材紹介会社に対する規制の強化を求める声が上がっていることについて、野党議員からの質問に答えた。同議員は加藤厚労相に対し、「紹介手数料の上限規制が必要だ」と提言。「ハローワークは収入やステータスの向上につながる前向きな転職にほとんど機能していない。この問題はハローワークの機能不全と表裏一体だ」とも指摘し、状況の改善を強く要請した。』
との報道を見て思うこと。
当ブログでも幾度となく触れてきた人材紹介や派遣についてであるが、上記にある
ような議論を聞くたびにいつも思うこととしては、「根本的な中身についての話し
合いが行われていない」ということである。
確かに人材派遣・紹介会社の多くが、『どこの組織でも上手く適応できない”役立
たず”を人材不足にあえいでいる企業の弱みに付け込み、高額な報酬で”押し付け
ている”状態』にあることについては、思うことが沢山ある。
それでも、法や社会秩序に反する行為ではなく、歴とした”商売”である以上は、誰
が何を言おうとも認めざるを得ないし、法的に規制をかけることもやりすぎという
ことになってしまう。
それよりなにより、話し合われなければならない根本的な問題があるのではないの
か。それは、今ある介護サービス事業所数が適当な数字なのかということである。
労働者人口以上に会社やお店が存在していれば、当然人材不足に陥ることになる。
以前、身近なところでこんな話を聞いた。「立派な建物の高齢者施設を作っては
見たが、働く人がいなくて半分以上の部屋を閉じたままにしている」とのことだ。
担い手がいないのに、事業所の数を無計画に増やし続ければ、多くの事業所が人手
不足となり、”高額報酬目当てにあちこちの事業所を渡り歩く不届き者”と”そう
いった人たちを紹介・派遣して暴利をむさぼる不届き者”の餌食となるだけだ。
「あれもこれも」という国民の要望に応えようとすることは決して悪いことでは
ないが、「できないことはできない」とはっきり伝えなければならない時もある
だろう。
「軽度要援護者から重度要援護者にいたるまで、全ての要援護者に対して充実した
介護サービスを用意する」といっても、担い手がいないのだから優先順位をつけて
いくしかないだろう。
「規制をかける」べきなのは、人材紹介・派遣会社に対してではなく、無計画に
増え続ける事業者数の方ではないかと思う。そのためにも、担い手の数を勘案した
優先順位を決めて、言わなければならないことはごまかさずに伝える必要がある。