北海道江別市でケアプランセンター、小規模多機能ホーム、デイサービス、訪問介護施設を運営するみのりの丘グループ

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新型コロナウイルスは猛毒ではない

2022.7.19

新型コロナウイルスの新規感染者が急増していることを受けて、連日報道ではこの

話題がもちきりになっている。

当ブログでは、再三この話題に触れてきているがもういい加減ウンザリしている。

 

相も変わらず多くのマスコミは、『今日の新規感染者数』を取り上げるばかりで、

『何がどの程度危険なのか』といった検証がまったくなされていない。

 

当方のスタッフやその家族にも感染者が出ている。

これまで通りの対応を取ってはいるものの、この対応が適切なのかどうかは大いに

疑問を感じている。

 

煽ることが好きなマスコミは、「高齢者を守るため!」などと連呼しているが、

当方を含めた高齢者介護事業を営む施設では、スタッフが同感染症対策のために

一人二人と職場を離れ、残ったスタッフは疲弊し、ただでさえ人手不足のこの業界

にあって、現場が回らない状況に陥りつつある。

こんなことを続けていては、「高齢者は守れない!」

 

弱毒化しているこのウイルスを猛毒のように扱うのは、もうやめにしないか。

暴力で問題解決を図ることは許されない

2022.7.11

参院選投開票日直前の8日、奈良市で街頭演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃を

受けてお亡くなりになった。

故人のご冥福を心よりお祈り申し上げたい。

同元首相は、賛否両論はあるものの強烈なリーダーシップを発揮して日本の政治を

けん引してきた。それだけに敵視する人も多くいたことだろうと思う。

 

銃撃した山上容疑者は「特定の宗教団体に恨みがあり、安倍元総理がつながって

いると考えて犯行に及んだ」となどと供述していると報道されているが、動機が

釈然としないものの、『気にいらないことは暴力で解決する』ことなど到底容認

されることはないだろう。

 

“元首相が、街頭演説中、銃撃されて亡くなる”出来事は多くの国民にとって非常に

ショッキングであり、「あり得ない」との思いを持った方も少なくいないだろう。

また、自宅には複数の手製の拳銃のようなものや爆弾のようなものまで見つかって

おり、さらに大きな衝撃を多くの人に与えたことだろう。

 

しかし、『気にいらないことは暴力で解決する』ことは日常的に行われている。

それは、“銃撃”などの衝撃的なものではなく、『いじめ、虐待、誹謗中傷』などの

言葉を使ったものも含めた暴力である。そして、その暴力は何年何カ月という長期

間に及ぶことも少なくないことから、この度の銃撃のような一瞬の出来事よりも

見方によっては非常に残酷な行為である。

 

元首相の命も、いじめを苦に自殺した中学生の命も重さは同じはずである。

銃や爆弾といった印象に残る物を使用した時に限らず、『気にいらないことは暴力

で解決する』ことはどんな時もどのような手段を使っても許されることではない。

 

新型コロナウイルス感染症対策はもはや人災

2022.7.8

ここ数日、当ブログで新型コロナウイルス感染症対策についての話題を取り上げて

いたところ、様々な反響があった。その中には、「介護を必要とする高齢者を預か

る身でありながら、感染症対策を軽視するとはいかがなものか。」とか「マスクの

着用はもはやルールのようなものなのにそれを否定するとは何事か。」などなど。

 

予めお伝えしておくが、当方は、新型コロナウイルスを含めたウイルス感染症対策

を軽視など全くしていない。もっとはっきり言えば、一般の方々と比較してもより

厳密かつ厳格に対策を講じている。だからこそ、根拠の乏しいエセ科学的情報や

周囲の雰囲気のみを重んじる同調圧力に惑わされないことを心がけている。

 

上記のようなことを言ってくる方々は、最新の新型コロナウイルス感染症の重症化

率や死亡率を把握しているのだろうか。いずれの数値もインフルエンザウイルスの

それを下回っていることを認識しているのだろうか。

今や弱毒化が進んでいる新型コロナウイルスよりも、これから流行し始めるインフ

ルエンザウイルスの方が警戒を強めなければならない対象物であることを理解して

いるのだろうか。

 

ご利用者やスタッフの生活や生命を守ろうと真剣に取り組んでいるからこそ、でき

るだけ多くの情報を収集し、その中から適切な情報を分別して状況を把握し、適切

な対策を実行しているのである。

低俗なワイドショーあたりを情報源としている“評論家気取りのエセ専門家”のいう

ことなど百害あって一利もない。

新型コロナウイルスが流行し始めた当初から、この手の評論家気取りに翻弄されて

きた高齢者施設がたくさんあった。

 

改めて言うが、新型コロナウイルス感染症対策に人流抑制やマスクの着用は、優位

な効果は得られていない。それどころか、猛暑が続くこの時期に外出自粛やマスク

の着用を強要することは、心身の機能低下や脳梗塞、心筋梗塞、熱中症など防げた

はずの新たな病気を発症させる危険性を大いに含んでいる。

 

「新型コロナウイルスはとても危険なウイルス、でもワクチン打ってマスクをつけ

ていれば対策は万全」などという神話を信奉している時点でどうかしている。

この様な信者が横行してしまっては、守れるはずの命も守れなくなる。

 

若者がいたぶられる国

2022.7.7

もうすぐ参議院議員選挙の投開票が行われる。

その選挙が終わるまでは票取りに影響するため、なりを潜めていた『社会保険制度

改革』がボチボチ始まることだろう。

そして、その改革案に対して「高齢者を見放すのか!弱者を切り捨てるのか!」と

の議論が巻き起こる。

 

しかし、多くの方は社会保険制度を十分に理解せず闇雲に反対の声を上げている。

健康保険や介護保険のような社会保険制度は、文字通り『保険』の方式を取って

いる。そのため、提供される社会保険サービスの財源は、徴収された社会保険料で

賄われるべきものである。にもかかわらず、過剰な社会保険サービスを提供して

しまっているため、当然財政がひっ迫する。そして、足りない分を多額の税金や

借金で賄っている。さらには、その税金や借金の多くは、介護保険制度などを利用

することができない若者が支払っている。

若者の数が毎年減っている現状を考えると、若者一人当たりの負担は年々増すこと

になる。

過剰なサービスを要求するのであれば、それなりの利用料や保険料を支払うのは

当然であり、利用料や保険料の引き下げを要求するのであれば、サービスの量は

それなりになることもまた当然であろう。

私の知るかぎり、社会保険サービスの財源にこれだけ多額の税金を投入している国

など聞いたことがない。

 

こうした状況にあるにもかかわらず、「サービスの量を減らすな!保険料や自己

負担を減らせ!」などと言っている人を見ると、「この人たち頭がおかしいのでは

ないか?」と思ってしまう。

 

この様なことを話題にすると必ずといっていいほど、「生活が困窮してサービスの

利用料や保険料を支払うことが難しい人が多くいる!」との声が上がる。

 

しかし、その方々は社会保障制度を十分に理解せず闇雲に反対の声を上げている。

提供される社会保険サービスの財源は、徴収された社会保険料で賄われるが、

サービスの利用料や保険料を支払うことが難しい人への対応は、税金を財源とする

社会福祉や公的扶助といった社会保障費で対応することになるため、ルールも財源

も全く異なるものである。(“全く異なる”はずだが、政治がこの区分をめちゃくち

ゃにしてしまっているからわかりにくくなる)

 

恣意的に高齢者を誘導するマスコミや諸団体の振る舞いにうんざりさせられるが、

それと同時に将来や自分たちを支える担い手である若者のことなど考えずに、自分

たちの権利(権利というより無茶ぶり)ばかりを主張する人にもうんざりする。

こんなことを続けていたら、本当にこの国から若者がいなくなってしまう。

 

日本は、「大勢の高齢者が、寄ってたかって数少ない若者をいたぶっている国」

などと言われることだけは避けたい。

そのためにも多くの若者には投票所へ行ってほしいと思う。

○○○の専門家って何?

2022.7.6

連日報道番組等に出演していた『ウイルス感染症の専門家』とかいう肩書の方々は

今どうしているのだろうか。そして、その当時力説していた「感染症拡大の抑止に

は人流抑制が効果的」との発言の検証はしているのだろうか。

 

当ブログでは繰り返し「新型コロナウイルス感染症拡大の抑止に、人流抑制は優位

な効果は得られない」と申し上げてきた。

致死率が高い非常に危険なウイルスであれば、完全隔離、当該地域封鎖等で確実に

感染拡大を封じ込めたであろうが、新型コロナウイルスはそこまで危険ではないと

判断したから、人流抑制などという中途半端な対策を立てたのだろう。

それにしても、人流抑制がウイルス感染症拡大の抑止に優位な効果が得られない

ことなどは素人でもわかる。

 

例え人流を100から50、40に減らしたとしても、人流がある限り感染症が

減ることはない。ましてや、人と人との距離が遠かった太古の時代じゃあるまいし

人と人との距離が近いうえに交通手段が発達している昨今は、その距離がさらに

近くなっている。人出を減らしたところで焼け石に水でしかない。

 

さらに言えば、太古の時代じゃあるまいし、人は自分一人で全ての生活場面を完結

することはできない。衣食住に限らず、ライフラインの確保、インフラの整備等を

他人にゆだねなければ明日を生き抜くことすら難しい世の中になっている。

当然のことながら、そういったことに関係している人達の動きを抑制してしまえば

多くの方々の生活や生命が脅かされる。

 

人流抑制をすることで得られるメリットとして、「感染者数のピークを緩やかかつ

先送りすることができる」と言っていた『ウイルス感染症の専門家』もいたが、

これって本当にメリットなのだろうか。

 

新型コロナウイルスが、エボラウイルスのように致死率が高いわけではないことを

前提としてみれば、 人口の一定割合以上の人が免疫を持つ集団免疫を獲得する方が

感染症拡大の抑止には大いに効果がある。いたずらにピークを緩やかかつ先送りに

してしまうと、いつまでたっても集団免疫に有効な割合に到達せず感染症がダラダ

ラと続いてしまうことにつながる。

 

また、「感染者数のピークがいきなり来たから医療現場がひっ迫した」という時期

もあったが、それもこれも同感染者を症状の重軽にかかわらず中途半端に隔離し、

中途半端に治療するというもっとも現場に手間をかけさせる対策を取った結果で

あって、こんなことをしていたらピークがいつ来てもひっ迫していたことだろう。

 

今回のことで、報道番組等に出演している『○○○の専門家』とかいう肩書の方々

が、如何に適当にものを言っているかがよくわかった気がする。

そんないい加減な人たちに生活や人生を翻弄された人はたくさんいる。

感染症対策をすることで死亡者数がもっと増える

2022.7.5

毎朝視聴しているテレビの情報番組では、相も変わらず『新型コロナウイルス新規

感染者数や死亡者数』を垂れ流ししている。番組制作者は、どういった意図でこの

数字を毎日流し続けているのだろうか。

 

もしも、その番組制作者が「他局も取り上げているし、取り上げないことで非難を

受けるのではないか。」などと思っているようであれば、良い方法がある。

それは、その数字と同時に『新型コロナウイルス感染症拡大の対策として、外出

自粛や常時マスクの着用等をしたことで体調を崩したり病気が悪化した人数や死亡

者数』を取り上げることである。間違いなく、そちらの方が圧倒的に多い数字に

なることだろう。

さらには、インフルエンザウイルスの新規感染者や死亡者数も並列したほうがよい

かもしれない。

 

新型コロナウイルスは、もはや“未知のウイルス”ではないし、死亡率が突出して

高いわけでもない。乏しい科学的根拠を基に国民を煽る行為は、犯罪に等しいと

思える。

 

ついでに言うと、マスクの着用は、エチケットレベルの行為であってウイルス感染

症予防に万能な手段ではない。

世の中には多種多様なマスクが存在しているが、ウイルスを完全にシャットアウト

できる機能を持つ物を常時着用している人はほとんどいない。また、すれ違う人を

見ていても正しくマスクを着用している人は半数もいない。さらには、飲食時や睡

眠時も含めて常時マスクを着用している人などいない。

 

明確な根拠もなく、同調圧力によってマスクの着用を強要することなど断じて容認

できない。そういった同調圧力をかける人には、「ウイルスや感染症予防について

もっと勉強してからにしろ!」と言ってやりたい。

 

マスクつけて熱中症

2022.7.4

先週末、札幌市近郊の気温が30度を超える真夏日を記録した。

とうとう北海道にも『本物の夏』が来る。

 

この様な時期になる我々の業界の人たちが気にすることは、『熱中症』である。

熱中症は、子供たちによく起きるというイメージを持っている方がいらっしゃる

かもしれないが、活動性が低下して、屋内で過ごすことが多い要援護高齢者に起き

てしまうことの方が多い。

 

熱中症は、高温多湿の環境下で長時間過ごすことによって体温調節機能や体内の

水分と塩分のバランスを崩すことによって、めまいや吐き気といった比較的軽度の

症状からけいれん発作や意識障害といった重篤な症状を引き起こし、時として命を

取られてしまうこともある。

 

高齢者は、一般成人と比較すると

・体内に水分を溜める機能が衰え、脱水状態になりやすい。

・寒暖の感覚が鈍くなり、高温多湿の場所にいても違和感を覚えにくい。

・喉の渇きを感じにくく、自発的な水分摂取につながりにくい。

・汗をかく機能が衰え、体温を下げることが難しくなる。

などの特徴があり、体内に熱をため込んでしまい熱中症を発症しやすい。

また、持病を抱えているとその危険度はさらに増してしまう。

 

「それじゃー、室内の温度や湿度を下げて、水分を補給することで解決する

だろう」というとそれほど単純でもない。

高齢者の場合には、そもそも室温も体温も違和感を覚えていないことが多いため、

換気しようと窓を開けたり冷房を付けても「寒い」といって閉めたり消したりして

しまう方が多くいる。

また、喉が渇いていないのに水分摂取を促しても行動につながらないことも多い。

さらには、『真水』をむやみに摂取すると体内の塩分濃度が低下してしまい、調整

しようとして水分を体内から排出する作用が働くと脱水状態が加速してしまう。

 

そのため、周囲の方々の配慮や支援が重要になってくる。

対象となる高齢者の生活習慣や嗜好に合わせて、換気や適切な水分・塩分摂取が

できるように支援する必要がある。

また、冷房機器を利用するとしても、「寒い」と感じにくい除湿機能のみを利用

するなどの工夫も必要となる。

 

明確な根拠もなく「コロナコロナ」と騒ぎ立て、外出や交流の自粛、マスクの着用

を正論として掲げるほどに、脱水症で命を落とす高齢者が増えてしまうのではない

かと心配している。

人流抑制もマスクの着用も感染症拡大への抑止に優位な効果は得られていない。

ミスが起きる前提で準備する

2022.6.30

『痛み止めのモルヒネを適正量の約100倍処方し、患者を中毒死させたとして、警視庁が東京都国分寺市の「武蔵国分寺公園クリニック」の40歳代の医師の女と、近くの薬局に勤務していた60歳代の薬剤師の女を業務上過失致死容疑で東京地検立川支部に書類送検していたことがわかった。書類送検は23日。

との報道を見て思うこと。

 

とにかく、亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げたい。

そして、当方の複数の事業所でも、服薬に対する介助や支援を実施していること

から、「服薬の事故には十分に注意しなければならない。」と肝に銘じたい。

 

それにしても、どうしてこのような事故(人が亡くなっているので事故と表現する

ことが正しいのか大いに疑問はある)が起きてしまったのだろうか。

一部有識者の間では、

モルヒネ1%粉1g(モルヒネ含有量10mg)と、 モルヒネ1g(含有量1000mg)を

医師が間違えて処方し、薬剤師がその間違いに気が付かず調剤してしまったことで

起きた事故ではないかという見解がある。

 

私たちは人間である以上、ミスを100%防ぐことは不可能である。

以前に当ブログでも話題として取り上げたが、「重大なミスを犯す人の特徴は、

自分は絶対にミスをしないあるいは、絶対にミスをしてはならないと強く思って

いる人」に多い。

その逆で「重大なミスに至らない人の特徴は、自分はミスをするかもしれない

あるいは、ミスをすることはあると思っている人」に多いと申し上げた。

 

ミスをすることが前提にある人は、ミスが起きた時あるいはミスが起きないように

どうすべきかをあらかじめ準備していることが多くあるため、重大なミスにつなが

らない。ミスをすることを完全に否定している人は、自ずとそういった準備が疎か

になってくる。

今回書類送検された医師や薬剤師がどういった人物なのかはわからないが、ひょっ

とすると後者の考えが強かったのではないだろうか。

 

医療の現場では、医師が自分の所見に基づいて必要な指示をコメディカル等の職種

にオーダーすることが一般的であり、法的にもそのように定めれらている。

あくまでも一般論とこれまでの経験によるところではあるが、問題はこの先にある

ように思う。

 

たとえ医師免許を持っていたとしても所詮人間である。人間である以上は、ミスを

100%防ぐことは不可能である。

基本的には、医療従事者は医師の指示に誤りがあった場合に、その誤りに気が付く

だけの知識を持っている。

しかし、医師の中には、医師免許を持たない者から間違いを指摘されることを異常

と思えるほど嫌う者が意外と多くいる。また、自分の間違いを認めずに指示を実行

した医療従事者に責任を転嫁する医師も残念ながら結構いる。

結果として、“裸の王様”になっている医師をこれまで嫌というほど見てきた。

 

こういった状況は、一般社会や会社組織にも当てはまることである。

かくいう私も、当法人で唯一の経営者であるため、“裸の王様”に陥りやすい状況に

ある。

そのため、当スタッフには常日頃から、「私は完璧でもなく、人並みにミスも犯す

し、どれだけ準備をしていてもミスが出てしまうことはある。間違いがあればいつ

でも指摘してほしい。」と伝えている。

そうすると、「理事長また間違えてる~」と小馬鹿にされることが度々あるのだが

私にとってはありがたい指摘である。

社会福祉実習の受け入れ(2022)

2022.6.24

当方では、2018年度(平成30年度)より社会福祉士の国家資格取得を目指す

大学生の実習を受け入れており、今週から市内の大学に在学中の2名が事前実習に

来ていて、8月に本実習が始まる予定でいる。

 

この実習の主な目的は、

実習生が事前に準備した『実習の課題』について現場の経験を通じて明確化あるい

は解決していくことにあり、大学で学んだ社会福祉にかかる課題や取組みをより

具体的にイメージ化することにある。

教室の中だけでは見つけにくい、支援を必要とする方々を取り巻く社会環境の実情

や課題をたくさん吸収していただきたいと願っている。

 

 

 

本実習では、当方が運営するデイサービスや小規模多機能型居宅介護事業所の現場

に入って、多くのことを学んでいただくこととなっている。

これからを担う若手の活躍を大いに期待したい。

ご利用者の代弁者である相談員であれ

2022.6.22

これまでの社会人経験の中で、

病院や高齢者施設に所属する相談員の役割に従事して苦悩することが多くあった。

相談員の役割の大部分は、ご利用者(患者)やそのご家族の『困りごと』を聞き、

解決できる方法をともに考えながら、必要な社会資源が利用できるよう調整したり

提案することにあると考えている。

 

しかし、その必要な社会資源が自分が所属する病院や高齢者施設であった場合には

内部の事情をよく知っているため、純粋に『困りごと』の解決をともに考えること

が難しくなることがある。

それは、自分が所属する組織が、その『困りごと』を解決するキャパシティを持ち

合わせていない、もしくは内部のルールが邪魔をして実践することができないなど

組織側とご利用者側の利益が相反する場合に起きる。

そのため、ご利用者(患者)やそのご家族を代弁する立ち位置にありながら、所属

する組織の事情を説明する“組織の代弁者”になってしまうことがある。「うちの

病院(施設)は、○○というルール(事情)があるため、あなた方のご希望に沿う

ことはできません。」といった具合に。

 

そのような場面に遭遇した時には、代替え案を提示したり、他の病院(施設)を

紹介することが多くあるのだが、同時に「ちょっとした工夫があれば、うちの病院

(施設)で対応することはできるのに。」と思うことも多くあった。

そして、その「ちょっとした工夫」を自分が所属する組織に提案して、こっぴどく

怒られた経験が多くある。

今思えば、「不躾で“工夫のない”提案をしてしまっていたなぁ」などと反省する点

は多々あったが、それでも「相談員である前に一人の人間として、目の前に困って

いる人がいるのなら何とかしたい」との思いが強くこみあげていた。

 

介護業界に限らず、どの業界であっても所属する組織を優先する社員が、組織から

高い評価を受けやすいと思うし、「組織人なら当たり前のことで、組織を守ること

が社員の使命だ。」と言われればその通りだとも思う。

 

こうした経験から、「いつか独立して、組織を守りつつも、純粋に『困りごと』の

解決をともに考えることができる会社を作りたい」と考えていた。

そして、独立して11年が経過している今も尚、この思いを強く持ち続けている。

“ご利用者(患者)やそのご家族の代弁者”となるはずの相談員が、“組織の代弁

者”となってはいけない。また、組織を優先して、ご利用者(患者)やそのご家族

を二の次にするような相談員を優遇するような組織であってはならない。さらには

「ちょっとした工夫」を考えることをやめてしまってはいけない。

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