WBCの優勝から、興奮がまだ冷めやらぬ状況で今大会の軌跡や舞台裏を取り上げる
報道等が数多くあった。
そうした中で、栗山監督の『信じる力』が一つのトレンドとしてより多く取り上げ
られていた。
そこで、『信じる力』って何だろうかと考えてみた。
信じるとは、相手や対象物を本物(本当のこと)と思って身を委ねることにある。
逆に信じることができない“疑う”という状態にあっては、自分自身でその行動や
責任をもって対処することになる。
自分以外の何かを信じて身を委ねることは大変勇気のいることであり、無条件に
何でも信じるということは非現実的ともいえる。
自分自身でその行動や責任の全てを対処することが可能な条件下では、信じること
はさほど重要なことではないのかもしれないが、自分一人ですべてを完結すること
が困難な場面にあっては『信じる力』が必要になってくるように思う。
皆さんご存じの通り、野球というスポーツは一人ではできない。自分以外のポジシ
ョンについては、自分以外のその人にゆだねるほかない。
また、一部例外はあるが、監督はフィールドに立ってプレーすることはないので、
そのゲームはプレイヤーに委ねるしかない。
さらに言えば、対戦相手がいなければゲームは成立しない。勝ち負けを争う相手で
ありながらも、一定のルールの元で信頼関係を築く必要がある。
こうした状況は企業経営者にも当てはまる。
スタッフを雇用して事業を運営する場合にあっては、自分以外の人に業務の一部を
委ねることになる。そして、事業規模が大きくなれば、委ねる内容が多くなる。
スタッフは経営者のクローンではないので、経営者と全く同じイメージを持ち、
全く同じように業務を遂行することはあり得ない。
そこで経営者が最も難しいと感じることは、「どこまで任せて、どこまで責任を
負ってもらうのか」ということについてである。
「何があっても最終的な責任は経営者である自分にある」と思えば少しは気が楽に
なるのだが、『信じる力』は言葉にするほど容易いことではないように感じる。