これまで生きてきて、ストレスだらけの世の中にあって、世の流れに沿って生活を
続けることは非常に難しいとつくづく思う。
中には、生活の中で生じる日常的なストレスにうまく対処することができず、
結果として抑うつや不安感などの精神症状が現れ社会生活に支障をきたす適応障害
を発症する方もいたりする。
新年度となり新生活がスタートしたのちに起こりやすい所謂”5月病”もその一種と
言われている。
ストレス耐性の低い方や関連する他の疾患をお持ちの方は、こうした症状を発症し
やすいが、そうではない方にもはっきり言えばだれにでも起こりうる症状である。
そのような症状を発症した方への適切なアプローチとして、「原因となるストレスを
解消(軽減)する」ことが挙げられる。
そのためには、一時的に休学や休職してストレス環境から一定の距離を置くなど
社会環境を調整することが有効とされている。
そして、こうした調整を実現するうえで周囲の協力や理解が不可欠である。
と、ここまではよく聞く話しで、実際に家庭や学校、企業でも取組が行われている
ことであり、国の政策や提言でも同様のことが盛り込まれることが多くある。
しかし、個人的にはストレスへの対処法が「社会環境を調整」一辺倒になっている
ことが大いに気になる。
この一辺倒の状況が、「家庭が悪い、学校が悪い、会社が悪い」と一方的に社会環境
のみに責任を押し付ける風潮が強くなる傾向にあるように思う。
歩みを進めなければならない状況にあって、ストレスに耐えきれなくなった場合に
は、一度歩みを止めて休むことは非常に重要である。しかし、それと同時にどれほ
ど道路を整地しても、良質な靴を揃えても歩みを進める練習を完全に辞めてしまえ
ば、再び歩みだすことが非常に難しくなってしまう。
この両方の歯車を上手に動かさなければ、「どちらかが悪い」と無意味な責任のなす
りつけ合いが繰り広げられ、何の建設性も生まれない。
そもそも、適応障害の一般的治療法は、社会環境調整と並行して「個人のストレス
対処能力向上」が重要とされている。
どれだけ環境を整備したとしても、完全にストレスフリーな生活を過ごすことは
困難を極める。そのため、個人がある程度の耐久性を備えることで困難な状況を
乗り越えることができるという考え方である。
ただ、こうした論調で話をすると一部誤解をされる方がいらっしゃるので、あえて
申し添えておくと、私は「個人を甘やかすな」とか「社会環境のせいにするな」と
言いたいわけではない。
同じ社会環境の調整であっても、ストレスを取り除く方にのみ偏るのではなく、
個人の耐性強化に必要な調整にもっと力点を置いた方が良いといいたい。
では具体的にどのように調整していけばよいのだろうか。
ちょっと話が長くなってきたので、続きは次回に持ち越すこととしよう。