北海道江別市でケアプランセンター、小規模多機能ホーム、デイサービス、訪問看護ステーションを運営するみのりの丘グループ

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社会福祉実習の受け入れ(2022)~その2~

2022.8.17

当方では、2018年度(平成30年度)より社会福祉士の国家資格取得を目指す

大学生の実習を受け入れており、先月の実習の事前学習を終えた市内の大学に在学

中の3名が本日から本実習として来ている。

 

 

 

昼休憩中に少しお話をさせていただいたが、皆さんとても熱心で素直な方々ばかり

だった。

この若者たちの将来が今から楽しみである。

 

生活を支える給食サービス

2022.8.16

当方では、6年前から『給食・配食サービス事業』を開始している。

 

そして、事業開始当初と比較するとここ数か月間の食材料費は1.5倍にまで跳ね

上がっている。さらに運営に不可欠な水道光熱費の高騰も含めると2倍近く経費が

増えていることになる。

かといって、その増額分をそのまま販売価格に反映させると、ご利用者の生活に

大きな支障をきたす恐れがあるため、ここ数年で微増程度の価格変更で何とかやり

くりしてきた。

 

しかし、そのやりくりもいよいよ限界に達してきた。

『給食・配食サービス事業』部門の赤字が大幅に増えて、他の部門の運営に支障を

きたし始めてきたのである。この6年間で多くのご利用者の給食・配食サービスを

担ってきたこともあり、今も多くの方へサービスを提供しているため、「赤字が

酷いからやめます。」というわけにもいかない。

 

飲食店を経営する友人たちからは、「値上げしなければ店がつぶれる。だけど値上

げして客が離れていくことも非常に怖い。」との悲痛な思いが聞こえてくる。

昨今の“経費高騰”が一時的な事であれば、何とかやりくりを継続していこうとも

思うだろうが、どうやら物価の高騰は一時的なことではなく今後も高騰が続くよう

である。

 

飲食店を経営する友人たちとは違って、当方が運営する給食・配食サービスは、

「生活を支える」ことを主な目的としている。配達は安否確認を兼ねて実施して

おり、気になることがあればご家族や関係機関との速やかな連携も行ってきた。

そのため、多少の赤字でも運営を続けるつもりではいるのだが、冒頭で申し上げた

通り限界点を大幅に突破してしまっている。

 

そこで、断腸の思いではあったが、来月9月ご利用分から給食・配食サービスに

ついて、50円ほど値上げすることとした。

すでにご利用されている方々に対しては通知済みである。そうした中で「家庭でも

食費が大きく増えているから理解できますよ。ここまで低価格を保ってくれて感謝

しています。」という温かいお言葉を頂戴することが多くある。

申し訳ない気持ちとともに感謝の気持ちでいっぱいになる。

 

これから先も企業努力を怠らず、皆様にご満足いただける給食・配食サービスを

続けたいと考えている。

終戦記念日に何を思うか

2022.8.15

今日『終戦記念日(戦没者を追悼し平和を祈念する日)』を迎え、皆さんは何に

思いをはせるだろうか。

 

昨年から今年にかけて、“ロシアによるウクライナ侵攻、中国の台湾進攻危機、

北朝鮮の核開発”など、平和とかけ離れた状況が日々報道されている。

そして、それらの国々が日本に隣接していることから「日本の防衛体制を強化しな

ければならない。」との議論が盛んに行われており、その中には「我が国も核武装

が必要である。」という方もいたりする。

そういった議論に対して、防衛力強化や核武装を明確に否定すると“平和ボケ”など

と言われるほど、この手の議論が過熱しているように思える。

 

それにしても、核武装を肯定的に考えている方々は、「核兵器を持ってしまえば、

あとは何もしなくていい。」とでも思っているのだろうか。

それとも、東日本大震災によって原子力発電所が壊滅し、国土や国民に甚大な被害

を与えたことをもう忘れてしまったのか。

それから、核廃棄物の処理には何万年という長い歳月を必要とすることを理解して

いないのだろうか。

 

万一、戦争に核兵器が使用されることがあれば、戦争当事国だけの問題では済まな

くなる。その被害は隣国へと流れ、さらなる争いごとが生まれ、世界規模で甚大な

被害を受けることとなり、地球の破滅へとつながっていく。

ある科学者の研究によると、世界中の核兵器の総量は、同時に爆発させると人類が

ほぼ絶滅するだけの量に匹敵するらしい。そして、その場で事が終わるのではなく

生き残った人も放射能の被害で長年苦しむことになるそうだ。

戦争そのものについても大反対であるが、戦争に核兵器を使用することも、保有

することも“百億害あって一利なし”だ。

 

また、防衛力強化について、「自分たちを守るためには、それなりの準備をしなけ

ればならない。泥棒に入られないようにするためにセキュリティを強化するのは

当たり前のことだ。」と表現されることがある。

“自分の身は自分で守る”ことを全く理解していないわけではない。まして、「世の

中、全ての人が善人で争いごとなど起きない。」などとは思っていない。

しかし、どこまでセキュリティを強化すれば万全ということになるのだろうか。

仮想敵国に匹敵するあるいは凌駕するだけの武力を保持していれば万全ということ

なのだろうか。

 

自分の身を守るための武器は、時として相手を傷つける武器にもなりうる“もろ刃

の剣”である。そして、愚かな人間は、強力な武器を手にすると使いたくて仕方が

なくなる。広島や長崎に原爆を投下したアメリカ軍のように。

日本では、ウクライナへの侵攻を続けるロシアを痛烈に非難し続けているが、我が

国は先の世界大戦では同じように隣国への侵略を行ってきた。この行為を「欧米諸

国の植民地支配から奪還する正当な戦い」といって正当化する方が多くいるよう

だが、「NATO支配からの奪還」をうたってウクライナへ侵攻しているロシアと

全く同じ構図になっている。万人にとって正当な戦いなどこの世には存在しない。

「世の中、全ての人が善人で争いごとなど起きないなどとは思っていない。」のは

日本人に対しても同じことが言える。

 

戦後77年が経過して、“戦争の語り部”が益々減ってきている。

あの悲惨な出来事を繰り返さないことがいかに難しいことであり大切なことである

かを語ってくれる方がいなくなることは、我が国にとっても世界全体にとっても

大きな損失である。

北海道は広い

2022.8.12

昨日の“山の日”からお盆休みに入る方も多くいらっしゃると思う。

当方スタッフにも、交代でお盆休みを取っていただいている。

その間を“コロナとの戦い”の疲れを癒す休息やリフレッシュに当てていただければ

と思う。

そして、久しぶりの自主規制を求めないお盆ということもあって、各地へ帰省や

旅行に出かける方も多くいらっしゃるらしい。

ちなみに、国内の旅行先の人気は、北海道と沖縄県が不動の2トップらしい。

 

かなり昔の話になるが、本州に在住の知人から「今度北海道へ遊びに行くから案内

をしてほしい」と頼まれたことがあった。北海道には1度も来たことがないその人

は、おそらく有意義な旅行にしたいと旅行ガイドなどを見ながら計画を立てていた

のだろう。しかしそのプランを見て仰天した。

 

そのプランは、「札幌を起点として、ドラマ“北の国から”でおなじみの富良野市へ

行き、釧路湿原で丹頂鶴を見て、函館で活イカ刺を食べる。これを1日で」という

ものだった。

この人は、北海道がいかに広いかということを知らなかったようだ。

 

仮に車で移動すると想定した場合、札幌市中心地から富良野市までは約115㎞、

富良野市から釧路市までは約130㎞、釧路市から函館市までは約540㎞、函館

市から札幌市までは約300㎞ある。すべて足すと1000㎞以上ある。

車で移動すると想定した場合、東京から1000㎞というと福岡県あたりになる。

 

寝ないで車を走らせれば、1日で走破することは可能かもしれないが、殺人的な

スケジュールであることは間違いなく、各名所を見て回ったり食事を楽しむ余裕は

全くない。当然のことながら、その知人はプランの変更を余儀なくされた。

 

これから北海道旅行を計画する方々へ

自分たちが思っているより北海道は広いので、余裕を持った計画を立てることを

お勧めしたい。無理な計画は事故のもとである。その上で、感染症対策にも留意

してもらいたい。

そして、北海道のすばらしさを堪能してもらいたい。

 

コロナ渦でみえてきた介護サービスの在り方

2022.8.11

2024年の介護保険制度改定に向けた審議がボチボチ始まっている。

同保険財政のひっ迫から介護サービス事業者にとっても、そのご利用者にとっても

厳しい改定内容になることが予想される。

既に各介護保険サービスの報酬単価の引き下げや自己負担額の増額などが議題に

あがっており、そのまま成立する可能性が極めて高く、どの介護保険サービス種別

の引き下げ幅を大きくするのかが今後の焦点になってくるように思う。

 

しかし皮肉なことに、新型コロナウイルスの大流行によって、社会保険サービスと

して存続させるべきサービス種別とそれほどでもないサービス種別とが明らかに

なったように思える。

 

当方が運営する事業でいえば、小規模多機能型居宅介護や看護小規模多機能型居宅

介護をご利用される方々は、例え新型コロナウイルスの感染者や濃厚接触者となっ

たとしてもサービス利用を完全に中止するということはあり得ない(入院治療が

必要な状態となれば別だが)。なぜなら、サービス利用を中止してしまえば、生活

を維持することが難しくなるからである。

そこで我々は、他のご利用者との接触を避けるためにサービス内容を組みなおして

感染者には、防護服を着て対応するなどしてサービス提供を続けることとなる。

 

しかし、当方が運営する通所サービス事業をご利用される方々の中には、「感染が

怖いから」という理由で、自主的に長期間サービスの利用を中止される方が少なく

ない。ご利用される方にとって「無用なサービス」ではないし、長期間サービスの

利用を中止した結果、閉じこもり傾向が強くなり心身機能が著しく低下する危険性

をはらんではいるものの、「そのサービスを利用しなければ、生活が維持できなく

なる」という位置づけにはない。

つまり、「長期間利用しなくても生活を維持することができるサービス」は、ケア

マネジメントにおけるフォーマルサービスとしての体をなしていないことになる。

 

そのように考えると、前述の介護保険制度改定に向けた審議の中で議題にあがって

いる『通所介護を利用する要介護1、2を総合事業へ』は、財政政策という観点だ

けではなく、“社会保険サービスとしての意義”という観点に立っても妥当な考えと

言えるかもしれない。

 

当然そのような改定が実行されれば、我々は事業運営方針を大幅に修正する必要に

迫られるわけだが、それでも社会保険制度の永続性やサービスの本質を担保する

こと考えればやむを得ないことだろうと思う。

 

では今後どのように考えていけばよいのだろうか。

あくまでも自論ではあるが、規制をより一層緩和して、介護保険制度化における

通所サービスの代替えとなるフォーマル・インフォーマルなサービスが事業あるい

は活動として成立できるようにしていった方が良いように思う。

そして、そういったサービスだけでは生活を維持することができない方々への対応

は多機能サービスが担うとした方が良いのではないだろうか。

 

ただし、現状のままでは、『ニーズあってサービスなし』となってしまうので、

法の整備が急務となるのではなかろうか。

マジでいい加減にしてくれ!

2022.8.10

依然として『新型コロナウイルス感染者が爆発的に増加』している現状にあるが

高齢者介護の現場は崩壊寸前のところにあると言っても過言ではない。

 

そもそも、政府の同感染症にかかる対策はあまりにもひどすぎる。

例えるなら、「家の鍵もドアも窓も開けたまましておきなさい。その上で泥棒に

入られないように注意しなさい。万一、泥棒に入られて金品を盗まれてもそれは

自己責任です。いつの日か、この世から泥棒がいなくなることを待ちましょう。」

と言っているに等しい。

 

誰が何をどう見ても、おかしなことを言っているのは一目瞭然であり、そんなこと

を言う人を信用できるわけもない。

 

上記の例えに準じて言えば、介護現場では「隙だらけのセキュリティ対応の中で

家事や育児を行いながら、時には買い物などの用足しのために外出しつつ、一人で

泥棒に入られないように注意して、万一泥棒に入られた時には警察に届ける間もな

く、子供を抱えながら一人で泥棒と格闘する」という日々が2年以上続いていると

いうことである。

 

介護現場のスタッフは、“その道のプロ”ではあっても一人の人間だ。

何年もこのような状況が続けば、体がおかしくなる前に心の方がどうにかなって

しまう。

 

そもそもの設定が間違っている。

施錠をしなくても泥棒に入られる心配がほとんどないのは、田舎で皆が顔見知りで

近隣住民が助け合って生活をしていて、不審者がいればすぐにわかり、万一不審者

が現れれば、住民が一丸となって撃退するような場所である。

近所付き合いが希薄な都会のど真ん中で、同様のことをやろうとしているからおか

しなことになる。

 

新型コロナウイルスが『感染症法上の2類』にあたるのだとすると、こんな隙だら

けのセキュリティーで良いわけがない。施錠はもちろんのこと、防犯センサーや

カメラの設置、ホームセキュリティ契約などの対策が必要となる。

「ここは田舎なのでそこまでする必要はない」と『感染症法上の5類』に分類され

れば、より現実的な対応が可能となる。

 

無能な政府と妄想が激しいウイルスの専門家によって、我々の悲痛な叫びは黙殺

され、介護現場は崩壊して、介護を必要とする高齢者やそのご家族が路頭に迷う

という現実がすぐそこまで来ている。

人として強くありたい

2022.8.9

今日は、77回目を迎える『長崎原爆の日』である。

昭和20年8月9日午前11時2分、アメリカ軍機から原子爆弾(プルトニウム

爆弾)が長崎に投下され、7万人もの尊い命が奪われた。

 

奪った命が1人であっても7万人であっても大罪に変わりはない。

以前目にした、元米兵の証言に大きな衝撃を受けたことを今でもはっきりと覚えて

いる。それは、「たとえ、一度に何万人もの人の命を奪うことができたとしても、

ボタン一つで投下できる爆弾の方が、銃を使って目の前の一人の敵を殺すことより

も兵士にとっては精神的に安楽なものである。」という内容だった。

その元兵士が言わんとするところは、「目の前で人が死ぬ様を見なくて済むので、

上空から爆弾を投下する方が心理的ダメージが少なくて済む」といったところ

だろうと思う。

 

「目の前で対象者が苦しむさまを見なくて済むし、自分自身が被るリスクも低くて

済むので、さほど心が痛まない」という点においては、“匿名による誹謗中傷”も

同じような構図である。

 

人は人を傷つけ続けなければ生きていけない動物なのか?

他人を攻撃することでしか、自分の存在意義や正義、価値観を保つことができない

のか?

だとすると、人はなんて“もろくて弱い”存在なのだろう。

今日も明日も、誰かが誰かをののしり、傷つけ、時には国家ぐるみで人を傷つける

ことが繰り返される。

 

私は人として強くありたい。

それは、破壊力のある武器を持つということではない。

とても難しいことではあるが、「誰かを傷つけなくても、自分の存在意義や価値観

を保つことができる」そんな人でありたい。

 

人としての弱さが、いさかいや争いごとを生むと思えてならない。

もう無理だよ。現場が持たない!

2022.8.8

今週末あたりから“お盆休み”に入る方も多くいらっしゃることだろう。

しかし、これだけ「新型コロナウイルス感染者拡大」が毎日報道され続けると旅行

はおろか帰省も憚れる心情になってしまう。

 

そして、この時期の風物詩といえば“夏祭りや盆踊り”だが、こうした祭りごとも

中止や延期を余儀なくされている地域が多くあると聞く。

当方が事業所を構える江別市大麻地区でも、『市民夏祭り』が毎年開催されていた

が、昨年一昨年に続いて今年も開催を見合わせることとなってしまった。

同祭りの実行委員に中止とした経緯を聞くと「行政から明確に中止してほしいと

言われたわけではないが、開催に反対する住民が多くいることが予想されたため

このような決断をせざるを得なかった」とのことだった。

 

地域のお祭りは、子供たちだけが楽しみにしているわけではなく、大人も介護を

必要とする高齢者や障がいを持った方々にとっても、帰属感や季節感を覚える大切

な催しであるため、中止となったことは大変残念に思う。

一方で、観客を入れたコンサートやスポーツ観戦が当たり前のように行われている

状況を見ると「この違いは何なんだろうか」とか思ってしまう。

 

ここ数週間、近隣の高齢者介護施設やサービス事業所で新型コロナウイルス感染者

が発生したことを受けて、「一定期間のサービス提供停止する」とのお知らせが

立て続けに届いている。

また、当方スタッフの中に、ご家族が新型コロナウイルス感染者となり、濃厚接触

者として自宅待機をしなければならない者も続出している。

“出勤できるスタッフが一人もいなくなる”ことが現実味を帯びてきている。

 

『コンサートやスポーツ観戦は良くて祭りはダメ、生活の支援に直結する高齢者

介護サービスが機能不全に陥る』って、新型コロナウイルス感染症拡大の抑止に

かかる政策はどこに向かっているのだろうか。

「生活に不自由を感じていない人は好き勝手に行動することが許されて、不自由を

感じている人がさらに不自由を感じる」そんな政策に思えてならない。

 

毎年楽しみにしている『夏の高校野球』が開幕した。

自宅で一試合テレビで観戦したが、大勢の観客が応援している状況を見ているうち

に、何とも言えない気分になって観戦をやめてテレビを消した。

疲れすぎて愚痴も出なくなってくる。

今すぐ人が増えるわけではない

2022.8.5

『厚生労働省が7月末に公表した実態統計で、居宅介護支援事業所数の今年4月の直近の状況が明らかになった。前年同月より487ヵ所少ない3万7831ヵ所で2018年のピークと比較すると、今年はマイナス5.58%となっている。一方、居宅介護支援の費用額については右肩上がりが続いている。今年4月は432.04億円。昨年4月(413.99億円)より4.36%伸びていた。事業所数が減少していく背景には、居宅介護支援の中規模化、大規模化が緩やかに進んでいる状況もあるとみられる。』

との報道を見て思うこと。

 

上記報道では、居宅介護支援事業所全体の事業収入(介護保険サービスの利用者)

は増え続けているが、事業所数は減る続けているので、一つの事業所が担当する

利用者が大幅に増えていて、一つの居宅介護支援事業所に所属するケアマネジャー

の人数が増えて、中規模化、大規模化が進んでいると結んでいる。

 

たしかに国は、居宅介護支援事業所に所属するケアマネジャーの人数が3人以上で

あれば取得することができる加算(人数以外の算定要件はある)を創設して居宅介

護支援事業所の中規模化、大規模化を後押ししてきた。

 

しかし実情を見ると、介護保険サービスの利用者が増え続けていることに対応する

だけ、ケアマネジャー業務に従事している人数は増えていない。

つまり、上記の報道から読み取れることは、『運営母体や人員数等の事情によって

閉鎖する事業所が増えている』ことと『ケアマネジャー1人あたりが担当する利用

者が増えている』ということのように思う。

そのことの裏付けとなる制度の改正行われている。

それは、「1人のケアマネジャーが減算を受けずに担当することができる利用者数

の上限が引き上げられた」という内容である。

 

おそらくは、閉鎖した居宅介護支援事業所の多くが、1人、2人のケアマネジャー

が所属する“小規模事業所”であっただろうと考えられるが、イコール「中規模化、

大規模化が進んでいる」とはいいがたい。

ただ単に、ケアマネジャー1人1人が、業務過多で“あっぷあっぷ”の状況にある

だけのように思える。

 

そこで、ケアマネジャーの数を増やすために、「介護職と同様の処遇改善にかかる

加算をケアマネジャーにも創設するべきだ」との声が上がっている。

しかし業界全体から見ると、この考え方は何の解決にもならないように思える。

高齢者介護の業界に身を置く者の数が増えていない中で、いずれかの職種の処遇を

上げればそこに人は集中するが、他の職種に人が集まらず介護事業が成立しない

ことになってしまう。

 

これから数年先に、「人口が爆発的に増えて介護業界で働く人が大幅に増える」と

いう将来が待っているとは到底思えない。

だから現段階では、『介護保険サービスの利用に該当する者の数を減らす』しか

方法がないように思う。そしてその間に、財源や人材不足を補う方法を考えていく

しかない。

 

理解が得られないことが理解できない

2022.8.3

『政府は7月29日の経済財政諮問会議で、来年度予算案の編成に向けた基本的な考え方をまとめた。焦点の社会保障をめぐっては、次の2024年度の介護保険制度改正にも言及。「利用者負担の見直しを含む持続性の確保」に取り組むと明記した。「給付と負担のバランスの確保」「現役世代の負担上昇の抑制」などを図る意向も示した。「利用者負担の見直し」は、2割負担・3割負担の対象者を更に拡大すること、居宅介護支援にも利用者負担を導入することなどが念頭にあるとみられる。政府はこれから審議会で議論を深め、今年の年末までに具体策を固める方針。』

との報道を見て思うこと。

 

おそらくこれから、「負担を増やすな!高齢者の切り捨ては許さない!」の大合唱

が全国あちらこちらで巻き起こり、煽り好きなマスコミがその合唱を助長すること

だろう。

「合唱したい奴は、勝手にやっておけ」と言いたいところだが、我々高齢者介護

事業者にとっては、自分たちの存在意義や今後の事業運営、将来へバトンをつなぐ

ことに大きな影響を与える内容であるため、黙って見過ごすことはできない。

 

当ブログで何度も取り上げている通り、日本の社会保険サービスは、世界中を見回

しても類を見ない“低負担高福祉”のサービスである。こんな状態を続けていると

財源が枯渇することなど小さな子供でも分かる。

介護保険制度を維持する上での“負担”についていえば、実際にサービスを利用する

方々の負担はほとんど変わっていないのに、サービスを利用する権利すら与えられ

ていない若者の負担は毎年増え続けている。それでも政治は、得票が期待できる

高齢者を優遇し、期待できない若者を冷遇し続けてきた。

 

こんなことを続けていると若者の不満は一気に爆発し、支え手・担い手を失った

介護保険制度の信頼は一気に崩れることになる。結果として、介護を必要とする

高齢者やそのご家族が混迷することになる。

 

介護保険サービス事業所に身を置く若者も年々激減してきている。

冷遇され続け、信頼もできない介護保険サービスに身を置きたいと考える若者が

どれほどいるというのだろうか。

この業界に就職を希望する若者が少ない理由として「安い、キツイ、汚い」を上げ

る方たちが多くいるが、果たしてそうなのだろうか。「冷遇されてきた自分たちと

引き換えに優遇されてきた高齢者を支える」ことに意義を見出せない若者が多く

いるからではないのだろうか。

高い志を持って高齢者介護事業を営んでいても、大切な人材を確保できなければ

事業を廃止するしかなくなる。

 

同業者の中にも、上記の大合唱に積極的に参加している“大馬鹿野郎”が少なからず

いる。その人たちは、「目先の利益や自分たちさえ良ければそれでいい」と考えて

いるとしか思えない。

介護保険制度は、時代によって多少形を変えたとしても、何百年何千年と続けて

いかなければならない大切な制度である。「自分さえ良ければ」と考える人たちに

よって崩壊させられてはいけない。

 

『低負担には低福祉、高福祉には高負担』

こんな当たり前のことが何故わからないのかが、わからない。